信仰の自由侵害回復請求訴訟(第一次)・訴状
弁護士 郷路 征記

(8) 真理だと信じさせる技術
ア 目的を告げず、団体名も偽ること
 伝道という目的を告げず、団体名も偽ることが対象者に説得されることを予期させず、それによって説得が効果的に行われる。
イ 理解に応じて徐々に
 ビデオセンターで見せるビデオは、倉原克直講師の原理講義ビデオ13巻であるが、それも一挙に見せるわけではない。最初に啓発用のビデオを見せる。啓発用のビデオの感想を聞いて理解ができていると思えば、第1巻総序を見せていく。全く興味を示さない人については、塩狩峠とかブラザーサン・シスタームーンとかクリスマスキャロル等の一般映画のビデオを見せて問題意識を高めていく。霊人体や霊界の講義の前にはスウェーデンボルグの漫画を読ませたりして意識を啓発していく。その様に理解に応じて徐々に統一原理を与え、徐々に認識を深めさせていく。従って、ビデオをどのように見せるかということを決めるのは協会員であるビデオセンターのスタッフである。対象者本人の希望は全く考慮されない。統一原理を信じさせるのが目的である。理解しているようであれば進むし、難しいようであればそこをもう一度違う方向からのビデオを見せていくというやり方をする。
ウ 心を開かせ、姿勢を変える
(ア) 心を真っ白にさせる
 被告統一協会が信じさせたいことは、自然に形成されてきた対象者の価値観=判断基準に照らして、全く無理がある。従ってそれを受け入れられやすいように抽象化し、加工しながら徐々に与える。それでも抵抗があるのが普通である。従って対象者の警戒心、或いは自然に身につけた判断基準を働かせないようにする事が必要になる。そこで心を真っ白にしてとか、幼子のような心でと強調する。そうしなければ、真理が入ってこないのだと言う。その様な態度で勉強を続けていくと、ある時期、対象者に基本的な変化というべきことが起こる。信じてみよう、真理なのではないか、重要なことなのではないかと思ってしまう出来事が発生する。そういうことが発生すれば後は、教えを無批判に受け入れようとする姿勢に変わる。
(イ) 犠牲と効果
 ツーディズに参加させる際、無理をさせる。犠牲を払うことによってツーディズにかける心構えが変わってくる。そのことがわかっているので、無理をさせて休みをとらせる。その方が変わる率が高い。
(ウ) スポーツ
 ツーディズやフォーディズでスポーツをさせる目的のひとつは、知らない人たちの間の連帯感を強め、情を開く、班長と班員の情関係を作るためである。そのことによって講義に望む姿勢が前向きになる。
(エ) 暗示
 ツーディズについては素晴らしい講師が来て生の講義が聞けるし、わかりやすく解説もしてくれるので真理がわかる、涙を流して感動する人もいて、ハンカチでは足りないからタオルを用意していった方がいい等という暗示が与えられる。
エ 記憶させる
 ビデオセンターからアンケートを書かされて、提出を求められる。下手なアンケートは書けないので、良い物を書くためにより真剣に見るという態度が作り出されていく。霊の親がノートを渡す。重要な内容なので真剣に聞いてノートに書いて欲しくて、是非使って下さい等と言って渡す。それでノートにメモをとりながら、ビデオを見るようになる。その分内容が記憶されてゆく。
 記憶させるために、講義を繰り返し、繰り返し聞かせる。姿勢を転換されて、懸命に学ぼうという姿勢になった対象者に対して、何度も何度も基本的には同じ内容の講義を聞かせることによって、記憶させ、真理であると信じさせていく土台を作ることになる。
オ 周辺的価値観を変える
 ビデオでの勉強に従って、最初は自分の生き方に直接に関わってはいないような部分での価値観が変えられる。このような部分について、統一原理の価値観と異なる価値観をはっきりと持っているような人は、自分にはあわないと言う理由でビデオセンターをやめることになる。
 例えば映画「OH!GOD」等を見て、自分が抱いていたおすがりの対象としての神ではなくて、万物を創り出した創造主としての親なる神という考え方があるのだと神についての価値観が変わっていく。霊界についても、死んでから行く世界としか考えていなかったのが、生きている間に霊人体をきれいにしなければならない、その生き方によって霊界の行き先が決まってくる、そういう考え方もあるのかという認識に変わっていく。
カ 社会的証明のルールの利用
 社会的証明の原理は自分と似ている人の行動を見ているときにもっとも強く作用する。どう振舞うのが適切なのかを考えるとき1番参考にするのは、自分に類似した他者の行動である。人はわからないときに、他者に意見を求めて、その他者の意見を参考にして、自分の意見、判断を決める。そのような場合、重要な問題であれば提示されている意見や説に対して反対の立場の人、中間的な立場の人、賛成の立場の人、或いは専門家など、色々な立場の人の意見を聞いて、その中で自分が一番納得することのできる意見を採用するのである。宗教という重大事の選択にあたっては、その事が保証されていることが、本人の主体的選択を確保するために最も大切なことであろう。
 統一原理を学ばされる過程での一番の問題は、対象者が協会員の形成する情報空間の中だけで、統一原理を学び続けるように誘導されることである。被告統一協会の布教過程では、対象者に対して自分たちの価値観を植え付けようと意図している役割を分担した統一協会員だけが関与することになるように、対象者を誘導するのである。そして、対象者には見えないのだが、それらの者に工作の方法を指示する指導者が別にいるのである。
(ア) 口止め・情報管理・主任と霊の親
 ビデオ受講のコース決定の時、親や友人などに相談することを抑止しておく。ツーディズの閉講式の時には、「メシヤが今いるという重大な真理を聞いたので、これを多くの人に伝えたいという気持ちになる人がいます。しかし、まだ皆さん方は原理の内容をよくわかっていないのだから、伝えるのは充分に説明できるようになってからのほうが誤解を招かなくていいと思うので、今はこの内容のことを誰にも言わないほうがいいですよ。」と指導をする。
(イ) 横的授受の禁止
 ツーディズでは、対象者は初めて集団となる。同じ立場の人が集められるのである。その人たちの間で自由な交流を許してしまっては、講義の影響力が減殺される可能性があるばかりでなく、非原理的な人の影響がまわりに及ぶ可能性がある。そこで、対象者だけによる交流を禁止する。
(ウ) ライフトレ・忙しい。新生トレ・暇を与えない
 ライフトレーニングになると、ますます外の情報に接することがなくなる。口止めも効いているので、人と話さなくなる。忙しすぎてテレビ、新聞も見なくなる。状況を変える事で見れなくさせるのである。
 新生トレーニングでは、原理講論を読ませる。理解などできなくてよい、とにかく読ませる。誰が何頁読んだかをグラフにして、壁に貼りだして競争を煽ることまでする。原理講論は霊的な読み物なので、一度読んだだけでも霊界が変わると教えられるのでとにかく理解できなくても一度読めば、と思って読む。そもそも一読して理解できるようなものではない。そのことによって、自由な時間が奪われていくのである。
(エ) 対象者にとって、閉鎖された情報空間を作る
a 霊の親と主任の間で学ばせる
 霊の親はボランティアとしてビデオセンターに係わっているという立場をとる。
 対象者が主任と霊の親が作り上げた環境の中だけで原理を学んでいくようにするのである。
b 親とも切りはなす
 新生トレーニングでは可能な協会員については、家を出て1人暮らしをさせる。そのことによって親の影響力を切断していく。アパートを借りさせて、そこに荷物を置きながら本人はニューホープセンターで合宿する。その後は、実践トレーニングに行くのであるから、アパートに住むことはない。親の警戒を引き起こさない為だけにアパートを借りさせるのである。
c 恋人とも切りはなす
 ライフトレーニングで恋人がいる人に対しては、その恋愛は自己中心的な愛であるから、正しい恋愛ではないと別れることを勧める。新生トレーニングでは必ず別れさせる。別れを勝手にはやらせない。別れも管理するのである。
(オ) 被告統一協会の担当者は情報を共有しあう
 被告統一協会の担当者は、主任と霊の親だけの間だけではなく、布教過程の始まりから終わりまで継続的に情報を交流し合う。これは、この布教過程が一つの目的に貫かれた一連の、組織的、系統的、体系的なものであるからである。個人管理カードはAからDまである。ビデオセンターから実践トレーニングの段階まで、担当したスタッフが管理カードに記載をし次のコースの担当者に引き継ぐわけである。その様な引き継ぎがされていることは対象者は一切知らない。
キ 一貫性のルールの利用
 ビデオセンターで書かされた感想は主任さんが素晴らしい人だと思っているので、その主任さんに良く見てもらいたいという気持ちになって、わかりにくいビデオ講義についても、ビデオの趣旨を何とか理解しようと思って書くことになる。
 ライフトレの最後のアンケートでこのみ言葉を100パーセント信じていいのか不安だという気持ちを書いている人が、その直後のフォーディズ参加時のアンケートでは100パーセント信ずるようになるための機会としてフォーディズを生かしたいと決意を述べている。アンケートを書くことによって転換されている、あるいはスタッフが喜ぶような決意が書かれるのである。その決意が被告統一協会に対して表明されているのであるから、一貫性のルールが極めてよく機能する事になるのである。

ク 権威
(ア) 講師を権威に
 霊感商法で、ヨハネ役等がトーカーを霊的な方だなどと証すことによって、普通の協会員が霊能者になるのだが、それと同じ方法でツーディズの講師は権威となっていく。
 この紹介方法によって権威づけられた講師は、講義内容の熱烈さで肯定的評価を受ける。そのような講師が対象者に対して、愛をかけるというのがツーディズの夜の班長面接の役割の1つである。尊敬する対象から愛をかけられることによって、人はその対象を権威と感じていく。
(イ) メシヤが絶対的な権威に
 ライフ・トレーニングの終わり頃、新しい内容が加わる。つまり、被告統一協会は初めて自らが宗教団体であることを名乗り、宗教の伝道目的で接近したことを明かし、教祖の名前を明かすのである。文鮮明をメシヤとして受け入れることによって、善悪、正誤の判断の基準になる権威に関するビリーフ群が新たに形成されたことになる。
 その後の教育や実践を通じて、協会員は文鮮明を絶対的な権威として、それに帰依することになる。協会員にとって、神はぼろぼろになった悲しみの神であり、文鮮明こそが、この地上と天上界(現世及び来世)を通じて最高の「人」=メシヤなのである。その事を毎週確認するのが「私の誓い」(ナエメンセ・文鮮明をあがめる誓い)である。
 人は権威の言うことには従う。協会員は文鮮明の指示に絶対に従うのである。
 万物復帰や公式7年路程を真理として実践するようになるのは、それまでの教育の蓄積とそれが絶対的権威である文鮮明の解き明かした真理であり、自分の救いのためだけではなく、全ての人の救いのためである地上天国実現、個性完成のために文鮮明が展開している統一運動・統一協会運動の一環だとも教えられるからである。
ケ 集団への順応
 ツーディズで班分けをする際に、被告統一協会のビデオの内容をどれだけ理解しているか、或いはお金をどれだけ持っているか等ということによってランク分けする。後ろの人は、前の反応のいい人の態度を見せられながら講義を聞いていることになる。なぜ自分はわからないのだろうかと、自分を責めながら受講することになる。是非ともわかるようになりたいと自分をせかせながら受けるようになる。メシヤ論の講義の時など、前の席の人たちが泣いているのを見てその様に感ずる。事前にビデオセンターでは、他人と比較してならないと言われている。比較せざるを得ない状況におかれることによって、その言葉に思い出してかえって比較するようになるという効果をねらっているのである。
コ 判断基準の働きを弱める
 被告統一協会が布教過程に勧誘していく人は限られている。教化がしやすい人を選択する。教化がしにくい人の中には体験や学習を通じて、被告統一協会が教育しようとすることについて明確な考え方・判断基準となるものを持っている人たちが含まれる。その様な人を教育しても結局無駄になることが多いので、その様な人は誘わない。或いは去るにまかせる。
 被告統一協会では、選別をしたうえで、さらに参加している人たちの判断基準の働きを弱める操作をする。
(ア) 訳の分からない言葉の連続
 ツーデイズの講義の最初の、神の二性性相と被造世界、万有原力と授受作用及び四位基台等の所は全くわからない言葉の連続である。かといって今まで聞いた言葉でもない。受け入れるべきか、受け入れざるべきか判断を留保したまま記憶をしようとする。或いはその時に頭を使って頭を疲れさせている、そういったことによって判断力が低下していく。
(イ) 眠たくして、眠らせない
 ツーディズやフォーディズの初日、昼食の後、スポーツをさせる。サッカーなどの激しいスポーツである。この目的のひとつが、眠くさせることである。布教過程のこの段階ではまだそんなにひどい睡眠不足の状態を作るわけには行かない。そこで、食事をさせスポーツをさせて、眠くて眠くて仕方がない状態を作るのである。しかし、そこで寝せてしまっては元も子もない。そこで、起こしておくように暗示(眠くなるのはサタンの働きだという)をかけて操作するわけであり、その結果ボーッとした状態が意図的に作られるのである。
(ウ) 過剰刺激
 メシヤ論の講義等の過剰刺激については前述のとおりである。
(エ) 睡眠時間の剥奪
 新生トレーニングから、いよいよ被告統一協会が対象者に対して信じさせたかった本音の講義が始まる。それまでの教化で対象者は統一協会のために、神のために、献身する決意をしている。献身の決意をするためには勿論、神観、罪観、メシヤ観について、被告統一協会が要求する水準に達しているのである。そのように教化がすすんだ対象者に対して、統一協会の為に生きること、神のために生きることが、具体的には物売りであることを教え、信じさせなければならない。その講義が万物復帰の意義と価値の講義なのである。
 その講義を聞かせ、信じさせるために厳しい睡眠不足にさせる。対象者の頭は機能が低下した状態となり、万物復帰と言い換えられた単なる物売りを、救いのためと受け入れるのである。
 物売りを万物復帰というのは、殺人をポアというのと同じ操作である。別のことと認識させるのである。

サ 判断基準の入れ替え
(ア) 教えの順序
 被告統一協会の布教過程では、講義の配列が極めて重要である。創造原理、堕落論、復帰原理の順番でなければならない。神が創造する予定であった理想社会や神の愛を印象強く訴えて初めて、現実の、そうなっていない社会や人々との対比で、堕落の事実を認識させることが容易になる。堕落を認めさせることができれば、復帰原理を受け入れさせることが容易になるのである。
 ツーディズでも復帰摂理の歴史的失敗を延々と講義して、対象者を疲れさせ、メシヤ論でイエスキリストの摂理の失敗を人類の罪であると意識づけさせることができるから、歴史の同時性の講義が希望として受け止められるのである。
(イ) 青年の場合
a 創造原理の浸透
 被告統一協会の布教過程は、対象者にとって新しい価値観を「獲得」させられる過程である。被告統一協会の最終的価値観=公式7年路程を「獲得」させるためには、最初からそれを説明するわけにはいかない。それまで対象者が持っている価値観と調和しないことは明らかだからである。そこで、受け入れやすい内容から新しい価値観を「獲得」させ、次第にその価値観の内容を変化させ、公式7年路程を受け入れる事ができるまでにしていく。
b ニードをつかみ、ニードにあわせて
 ビデオセンターの任務として一番大事なことは、対象者にみ言葉との接点を持たせることだと言われている。例えば親子関係に問題を持っている人ならば親子関係にあわせて、自分の性格をよりよいものに変えたいと思っている人ならばそこに焦点をあわせて、歴史について、世界情勢について興味を持っている人ならば、そこに焦点をあわせて、原理の三本柱である創造原理、堕落論、復帰原理の考え方を少しづつ、少しづつ浸透させていく努力をする。
c 理想社会・理想の人間像の呈示
 神の三大目的は、個性完成、子女繁殖、万物主管と定義されている。それが実現された社会が地上天国である。個性完成した人間は神と一体になり神性を帯びて一切の悪をしなくなる。それが神の創造目的である。現状がそれとは全く違うものであるということを認識させるために、理想世界の提示をまずするわけである。
d 理想とちがう現実・その原因の提示
 ビデオセンターに通ってくる人は、必ずみんな問題を抱えている。その人に対して、人間の本来の姿はそうではないのだと神が創造の目的とした理想的な人間像を示し、現状がそうでないのは原因があるのだと堕落の原因を説明し、堕落人間が救われる道があるのだと示す。
e 講義の力
 ツーディズやフォーディズの講義は迫力充分に行われる。講師が対象者の救いのためと信じさせられていること、そこから作り出される真摯な姿勢、充分な準備が迫力をもたらす。
 ここにも、組織全体の意図とそのための活動の一部を担う担当者の心とが切り離されている例が示されている(前記、絶対に悪く思えない人達参照)。そうであるから、講師の講義は対象者に影響力を振るうのである。
 原理は先生=文鮮明の骨を砕いて粉にして、さらして得た結論である、2時間の原理講義をやるには3時間祈らなければならない、神の心情を自分のものとして、涙の講義をせよと教えられる。
f 価値観の転換
 ツーディズで被告統一協会の側が最も重要な講義だと考えているのが2日目の午後のメシヤ論の講義である。人類始祖であるアダムとエバが堕落して以来、罪の歴史になったけれどもその罪を精算し地上天国を建設するために神はそのひとり子であるイエスを地上に遣わした。本来はイエスがメシヤの使命を果たして地上天国が実現されるはずだったけれども、12使徒を始め多くの人々に不信されたことによって十字架にかけられて死亡しなければならなかったというのが講義の内容である。この講義によってつかませたいポイントはイエスを殺したのは私自身の罪である、人類の罪は私の罪なんだと認識させることにある。自分の罪となる理由は、もし自分自身が2000年前イエスが生きていた当時そこにいたとしたら、どのような行動をとっていたか?12使徒さえ不信してしまったのだから何の信仰もない私がその場にいても、イエスを信じることができたであろうか、できないだろう、不信してしまったであろう、その不信がイエスを十字架にかけたのだから、それは自分の問題だと論理づけるのである。
g 継続する価値観の転換
 メシヤを証すことを約束したライフトレーニング。ところがメシヤは直ちにはあかされず、長期の場合1ヶ月にわたって繰り返される講義と行動の変化によって、さらに価値観が変えられていく。変える目標は以下のとおりである。
神について:神は親だと思えるかどうか
祈りについて:特別なものではなく親子の会話(この講義の後から祈ることが開始される)
罪について:内的罪、神に悲しみを与えたことが罪
終末論:時を訴える、客観的ではいけない。世の中のひさんな話
緒論:摂理歴史と私、氏族の代表、愛されている私、私の行いで先祖が救われる。
アダム:アベル・カイン、私たちの生活に直につながっている。だれがアベルでだれがカインかだからホウ・レン・ソウしなさい。そうしなければサタンに奪われてしまう。
ノア:神を信じることが大切
アブラハム:イサク献祭、神の心情訴え。神の前にかえるにはイサクをささげなければいけない。
h メシヤは誰かからメシヤが必要へ
 ライフトレーニングでメシヤを証す講義までの間に長期の場合1ヶ月も講義があったのは、対象者の認識をツーディズの最後の段階の、メシヤが誰であるかから、メシヤが必要だという内容に変えていくためである。
i 純化したと誤解さす
 ライフトレーニングで為に生きること(具体的には親へのサービスなど)や祈りなどを実践すること、生活を変えることが求められる。このことが対象者に変化をもたらす。純化したように思うのである。行動による原理の内面化の始まりである。
j 使命と責任
 再臨主によって、本人の努力次第で光り輝く霊人体となり天国にいける、すごくいい時代に生まれたと思わされる。
 第3次世界大戦を阻止するために今は重要な時期であることを教える。その中でも日本はエバ国としての使命が大きい、理念闘争に敗北すれば武力闘争が発生することを教えられて、今頑張らなければいけないと使命感を燃やさせられる。
k メシヤを信じさせる。ライフトレ
 対象者が抱くであろう不安を封じ込め、証されたメシヤを受け入れざるを得ないようにするための状況を作りあげていく講義がある。終末論やイエス路程の講義のなかでメシヤとは自分が思い描いている人と違う場合があるんだと説明する。ヨハネも人々もイエスをメシヤと信ずることができなかった事が、イエスによる救いが成就しなかった原因なんだと説明し、不信することが最大の罪だと教育する。
 ライフトレーニングで行われる主の路程は、誕生から1945年までに重点がある。青年期をどのように生きたのかということに中心である。日本の特高警察に激しい拷問を受けていながら日本人を許し、日本の若者に期待している、恩讐をこえた愛の人として文鮮明が解説される。
 主の路程の前の講義である再臨論の講義で、日本による韓国侵略の歴史が語られる。その罪があるのに、文鮮明は日本人を許すというのである。これらの講義は日本人である対象者に大きな影響を及ぼす。再臨論によって韓国の国民に対して申し訳ないという思いを抱かされているところに、メシヤが韓国人であり、その韓国人のメシヤがおまえ達を許すと言ってくれるので、とても感激して聞くことになる。
l 生き方の転換を提起する
 ライフトレーニングには新生の手順という講義がある。主の路程の後に行われる。フォーディズの直前である。メシヤの存在する今の時代にいる我々は、メシヤと共にどのように生きていくのかということが問いかけられる講義である。生き方の転換が突きつけられている。新生の手順では創造原理から復帰原理までの講義のポイントを述べた上で、人類史上の中心人物であるアベル、ノア、アブラハム、イサク、ヤコブ、モーゼ、イエスの業績を話しながら、結局は神に対する自己否定、自己犠牲が問題なのだということが明らかにされる。では、メシヤの存在している今、私達の行うべき自己否定、自己犠牲とは一体何なのかということが問題となる。これは神中心に生きること、被告統一協会に献身するということになのである。それに反して今まで通り自己中心的に生きると地獄行きなのである。
m メシヤを信じさせる・フォーディズ
 フォーディズでのメシヤ論の講義の前に、進行は必ず全体をしめる。「もっと真面目に聞かなければいけない」ということをイエス様の話しをして対象者に伝え、聖歌を何曲か歌って講師を迎える。
 罪観を深めるために、ひとり子を奪われた親としての神様の心情、メシヤとしての使命を果たせなかったイエス様の心情、イエス様の霊人体を地獄へ持っていくことのできなかったサタンの心情について説明する。
 対象者はその当時のイスラエルの民の立場であるから、自分達が不信してしまったが故にそのような苦しみを神様やイエス様に与えてしまった自らの罪を実感することになる。
 フォーディズでの主の路程の中心は北朝鮮の興南(フンナム)収容所とアメリカのダンベリー刑務所における文鮮明である。興南収容所における文鮮明は、人間の生存が不可能なほどのひどい食事の半分を回りの人達に分け与える愛の人であり、その条件でも、模範囚としての実績をあげる超人的な人であり、奇跡的な幸運によって収容所から生還を遂げる人物として描かれている。語られる文鮮明のそれぞれの側面にそれぞれの対象者が感動して、「こんなすごい人はメシヤにちがいない」と思うのである。
 メシヤ論の後だけは、事前に講師と打ち合わせをしておいて、講師に「聖歌を歌いましょう」と言わせる。歌う聖歌は68番「十字架にむかえり」である。講師も皆と一緒に歌う。その後、黙祷して下さいと言って講師が祈る。講師の祈りは感情が高ぶっていることもあって、極めて熱烈なものである。
 その後スタッフがお父様の詩を読み上げ、聖歌指導がいる時は、その場の状況に合った曲を弾き、いないときにはCDをかける。
 メシヤ論の講義で自分達が罪人だと思わされている対象者に対して、お父様の詩はそのような罪あるお前だからこそ、罪の重いお前だからこそ救われることが私の喜びなんだ・・・罪が重いからと言って私がおまえを見捨てたことがあるかと呼びかける。対象者は罪人である自分が全て許され、救われていくという感動を持つ。会場は号泣につつまれ、夕食はご飯が喉を通らないという人がたくさんいる。
 この後、班長の証、班長面接を経て、献身の決意をさせる。
 現代の摂理の講義で、隆々たる被告統一協会の発展が講義される。このような成果を挙げている人だからメシヤに違いないと思わせる効果がある。反対運動の存在さえメシヤの証明にしてしまう。イエスも多くの人から迫害を受けた。今生きているメシヤも迫害を受けるのは当然だということに使ってしまうのである。
n 奴隷生活の規範
 献身後の生活の規範を与えるのが、新生トレーニングの任務の一つである。文鮮明の奴隷としての生活の規範が、蕩減生活=信仰生活の生き方として説明される。
 人生の三大目的の一つとされてきた万物主管の意味が大きく拡大される。本来は全てのものが神のもので、それがサタンに奪われている。万物主管とはそれを奪い返さなければならないという意味に拡げられる。その中には主権も含まれる。被告統一協会が政治活動を協会員にさせる理論的根拠をなす。そして、サタンのものを取り戻すということは経済活動の根拠になる。
o 罪の解放と献金
 献金の伏線となる講義も信仰生活講座である。
 新生トレ受講ノートには以下のとおり、講義内容が記載されている。
万物主管
万物を供え物として神の前にでる。
万物を通して神の前に帰る
物(金、地位、名誉、権力など)に執着→絶対神と出会えない。
最も大切な物(一番執着している物)→神に捧げる。→サタンの分立(神と出会う出発点)
「汝のイサクを捧げよ」

献品・献金
世界的摂理、伝道、教会維持等
神のみ旨を進めたい私達の願い
神の救いのめぐみに対する感謝
心から感謝して捧げる→サタン分立

 心情解放展とは原理を聞く前に犯した罪を神の前に全て明らかに報告して、これからの人生は原理に従った罪のない人生を送ること、すなわち過去の自分を否定して新しい自分に生まれ変わるための儀式である。
 罪を償って新しく生まれ変わるために、万物を神の前に捧げなければならないという教えに従って献金を勧める。講義の中では貯金をたくさん持っている人にプレッシャーがかかるような話が意図的にされる。
p 万物復帰の意義と価値と伝道
 新生トレーニングのもう一つの特徴は万物復帰=物売りや、伝道という具体的な活動を行うことである。この場合の万物復帰はほとんど珍味売りである。万物復帰の意義と価値という講義は、人間が救われるためには神様の前に万物を供えなければならない。それを私だけではなく、み言を知らない多くの人たちも行わなければならないというのである。普通の人にも供え物をさせなければならない。それは日本がエバ国家であるからである。珍味を買ってもらうなど、そういった小さな条件でも積み重ねていくことによって、み言を聞けると言われている。み言を聞いてもらうということはビデオセンターに誘って統一原理を聞かせて、協会員にするということである。
q 公式7年路程
 メシヤである文鮮明による救済=祝福を受けるためには、世界中全ての人が平等に3年半の物売りと3年半の伝道(組織の拡大)をしなければならないと教えられる。
(ウ) 壮婦の場合
a ニードとの結びつき・例−神は親
 例えば次のようなニードとの結びつきの1例がある。「私がこの中で一番感動したのが倉原講師の創造原理のビデオで、神様は人間の親だと知ったときでした。私は母から愛されたという実感が持てず、母親のような人には絶対になりたくないとずっと思っていました。親なる神の存在が実感できて、ひとりではなかったのだと心の底から喜びがわいてきました。」
b 積善行
 家に帰ってからも、夫や子供に対する「積善行」という行をやらせる。今までできなかったことを少しだけ努力してやってみるという程度のものだが、毎日(四十日間)意識して生活するので、つくされる家族は妻や母がやさしくなるので、よい所にいっていると思わされる。
c 地獄
 子供としての愛、夫婦としての愛、父母としての愛、この三つの愛を完成した人が天国にいける。
 それに対して自分さえよければ、世界で、隣で何が起きようと関係ない、家庭の中で夫が苦しもうと、子供が悲しもうと何が起きようと自分が良ければ他は関係ないと、段々、段々、自分へ、自分へとむく心が結局、真っ黒な霊人体を作り、そういう霊人体の人が集まる地獄をつくる。地獄は自分へ自分へという世界である。人間同志の関係がまるでない。
d 子宮を汚した女性の罪
 女性にとってもっとも大切なものは子宮である。女性の貞操というのは子宮を守ることである。女性が子宮をきれいにしているかどうかで、子供の将来が決定する。女性の思いが遺伝される。
e 因縁の清算のための生活
 自分中心の情から無私無欲の情にいかに転換されるか。無私無欲のなるための7道の決意が必要と教えられる。
@ 衣〜これから新しい衣服を買わない
A 食〜梅干し生活(つつましい食事とする)
B 住〜自分の家を持たない
C 財〜執着を捨てて、神仏、先祖のために使う
D 心〜恨みや悲しみ、怒りを忘れる
E 性〜異性との交わりを持たない
F 愛〜愛する者を犠牲にして神の願いに立つ
メシヤに会うための条件:7つの情を捨てきったとき、血統転換がされる。
f 霊界と神についての転換
 前記のとおり。
g 原罪の自覚へ
 前記のとおり。
h メシヤを信じさせる
 その手法は青年の場合と変わらない。

 その後、壮婦にも青年と同じように、信仰生活講座や万物復帰の意義と価値の講義が行われ、経済活動を救いのためとして行うように価値観が変えられていく。

(9) 思想の定着
 以上、取り入れた思想を信念として定着させなければならない。そのための操作が必要である。過酷な活動をさせるなかで、その変化がおこるので、被告統一協会は過酷な活動をさせるのである。

ア 人を誘うことが思想を強化する
 正しい信仰生活を送っていくことが伝道がうまくいくための条件だと言われるので、信仰生活を正しく送ろうと努力する。伝道がうまくいかないと自分自身の条件が足りない、信仰が足りないからと反省する。伝道がうまくいったとき霊の親は、その対象者に対して子供を育てるようにアフターケアしなければならないと教えられる。もっと協会員としてしっかりとした信仰を持つようにならなければならない、そうでなければ対象者の永遠の命に責任を持つことができないのだと教えられる。
イ マイクロ・困難が思想を定着させる
 伝道機動隊が終了したら、違法に改造されたバンに6人位が乗せられて重さ10キロもある珍味の入ったカバンを担いで、毎日、毎日全道を珍味売り、詐欺募金である。眠るのも改造されたバンの中。食事もその中でする。睡眠時間は2〜3時間になるだろうか。インターホンを押して眠ってしまい、気がついたら手にお金があったなどという体験もする。これが統一協会の全活動の中で肉体的には1番厳しい活動であろう。そのような活動を献身の直後にさせる。このような厳しい活動は献身者にとって自分の自己犠牲と教えに対する忠誠を確認する場となる。より、強固な確信が形成されるのである。
 さらに、ひどい食事(断食などもあるし、カップヌードルだけで何日もということもある)と少ない睡眠時間によって肉体的条件が悪化し、「実績(売れること)」が出ることを念じての強烈な祈りなどによって、統一協会員の多くはこの期間に異常体験をする。例えば感覚が研ぎ澄まされて、家の明かりの具合によって「売れる」、「売れない」の判断をしてそのとおりになることが連続したり、インタホーンを押して出てきた人の顔で判断が出来たりするようになる。或いは、全然売れなかった姉妹に突然たくさん売れたことを「神の技」と誤解する指導がおこなわれる。強烈に、熱烈に祈るから、そのように思いやすい状態にあるので、みんな信ずるのである。いずれにせよ、それらを彼らは神体験と捉えて、自己の信念に強固な確信を持つことになる。勿論、幻覚や幻聴が現れることもある。そのようなことを統一協会は「神を実感させる」と宣伝する。珍味マイクロ活動はその場の1つなのである。
 珍味マイクロは神の悲しみの心情を理解する場でもある。肉体的に極めて厳しく、物売りは困難な仕事であるので、行っても、行っても珍味が売れないことが連続する。その苦労を神やまことのお父母様の苦労を重ね合わせる時がくる。

ウ 軍隊の心理と同じ
 珍味マイクロはサタン世界の中に孤立した神の部隊である。彼らは珍味売りをするとき歩かない。家から家に走っていく。サタンの妨害が入る前に隣家に到達して売らなければならないのである。
 違法に改造された車に乗ってそこに寝泊まりしているのであるから、不安と恐怖と隣り合わせである。警察に見つかってもまずいし、暴走族等に絡まれてもまずい。数多くの家庭の中には「統一協会だ」と知っている所もある。場合によっては詐欺等で警察に告訴されないとも限らない。「野の花の会」と称し、身体障害者への募金の為と偽ってハンカチを高い値段で売りつけたりするから、警察は脅威なのだ。
 その結果バンを運転しているその場の責任者、キャップテンの指示が絶対になる。その指示に従って規律を維持することが身の安全と組織の保全のために絶対必要な道なのである。敵に近接している小部隊の軍隊の行動や心理と同じ状態と考えることができるだろう。
 普通の若者でも新兵としての訓練を受けた後戦場に行って敵や敵でもない地域の住民を殺すことができるようになる。人を殺すことは悪であると信じていた若者がそのように変わるのである。正しいことだという定義が与えられ、その行為を行えという権威からの命令があり、自我を放棄する訓練が行われた場合、戦場という緊張した場ではいままでの自分倫理規範に反していることでもそれをやり抜ける人間に改造されていく。
 統一協会の珍味マイクロは新兵が戦場で戦っているのと同じ心理構造なのである。

エ 周到な教育
 統一協会は珍味マイクロの行動をする統一協会員に詳細な心構え、販売方法についての教育をする。
 まず、自分がメシアの代身であることに誇りをもてと指示をする。その内容は「私が車を降りるとき、神様も共に出発される。私が前線で受ける全ての苦労、試練、悲しみ、みじめさ、淋しさは、すでに神様が6000年間感じ続けてこられたものである。まことのお父母様も受けてこられたものである。私の何百倍、何千倍のもの大きさで受けてこられている」と教える。神の悲しみの心情と一体化させるための思想教育である。
 「全ては備えられている。こんなにも幼く足らない、弱い、罪深い私を、サタン世界に送り出す神様の心情はいかばかりであろうか。天が用意しないはずはない。こんなに足らない者をつわすのに、何もない所に送るはずがない。私は集金にいくのである。それを100%確信していけば必ず導かれる」と強調する。
 「救いの心情で歩み貫く。今日、この人が天に条件を積まなかったら、明日にでも死んでしまうかも知れない。6000年、神様と霊界が待ちに待った時である。その一瞬に命をかけてやれ。神様と霊界が、その一点に必死で注目している。霊界、先祖が救われたいと、必死で待っている。お客様の背後で願っている霊界にさけべ!買うことができなかったら、先祖達の落胆は激しい」と教える。このような心構えは物を売ることについて強烈な迫力を統一協会員に与える。
 第1印象が勝負であると教える。そのために「挨拶は明るく元気よく、満面の笑顔をもってする。お客様を心から慕わしくおもう心情を祈って復帰する。神様が6000年間待ちに待った出会いである。神様と同じ心情で訪ねさせてくださいと、祈りつつ歩め」という。
 賛美することを教える。「相手を賛美し、高め、認め、喜ばせてあげる。賛美は心のノックである。本心から褒めてあげる。相手の本心に響く一言、相手が一番誇りに思っている事、喜んでくれる内容を祈って訪ねて行く。そのために、入る前に家の作り、庭、玄関をよく見て賛美の材料を必死で探す。お客様の顔、服装、スタイル、雰囲気、子どもさんの骨相、家の明るい雰囲気、人格的内容等などをよく観察する。神様を知らず、メシアの到来を知らず、救いの時も知らないで今日迄の苦労の道を、よく忍耐して来た事を父母に代わって慰めてあげる心情が必要」と教える。
 商品の販売に関しても克明な指示がある。「カイン的否定的な言葉は聞き流す。笑顔と心情を絶対くずさない。冷やかし半分にも真面目に応えていけば、霊界が変わる。お客様を自分の基準で判断しない。買ってくれるかくれないか、最後まで尽くしてみなければわからない。愛した分だけ、自分を供え物にした分だけ、復帰できる。自分の思いを持たないで、どんな人にも誠心誠意、愛の限りを尽くし切ることである。最初から、カイン的に情を閉ざしてくる人にも、あきらめずに賛美してゆくことである。こういう人は、人格的内容を賛美したり、信仰姿勢(先祖供養をしているとか)を褒めたり、より本質的な内容を褒めると心を開いてくれることが多い。こちらを試すために、わざとカイン的なことを言ったり、ひやかしたりする人もいる。一貫して笑顔を失わず、真面目に接して行くと霊界が変わる、尽くした事は必ず返ってくる。アベル的で売れそうな人に会った時、買ってくれそうになった時も、絶対気をゆるめない。現金を手渡されるまでは、いつ、どこでサタンが邪魔するかわからない」と教育する。
 売り込みのテクニックについても克明な指示がある。「お客さんに珍味の入った弁当箱をもたせて『これ全部食べてください』と、ふんだんに食べさせて、その間に実物を並べて行く。たくさん食べてもらって、負債を感じさせる」とか「ある程度理解してもらったら、さりげなく押して行く。『お味はいかがですか?』、『うん、おいしい』、『お味がよかったら、是非お願いします』と90度以上の最敬礼をする。おじぎはゆっくり、深々と全身全霊を込めて、丁寧にする。「味がよかったら、是非…」そして、お辞儀。これを何度もくり返す」という内容である。。
 「一生懸命にやる姿に感動して買ってくれる人、感じのよい人だからと買ってくれる人もいる。時間を使わして悪いからとこちらが愛し尽くした分だけサタン世界も返してくる」のだから、一生懸命に、一生懸命にやれと言う。
 「ダメだと思った瞬間から、ダメな霊界が集まってきて、どんどん悪霊に主管されて自分ではどうしょうもなくなってしまう。サタンのワナにはまらないように、常に祈って、心情を正しながら進む。サタン的な思いが来そうになったら、即その思いを分別する。サタンに対する敵愾心を持て!供え物の心情でぶち当たれ」という。思考停止の技術の使用を勧めているのである。

4 結果の不当性と因果関係
(1) 2つのアイデンティティ

 以上の教育の結果、協会員は2つのアイデンティティを持つことになる。自分がそれまでの人生をかけて形成してきた自分の人格と、急速に人為的に形成された被告統一協会の人格である。自分の人格を排除して協会員の人格が機能している状態が形成されるのである。
 二重人格 カルトのメンバーを理解する鍵
 カルトのメンバーは、もはや自分自身として機能していない。彼は新しい信念と新しい言語を持った新しい人工的なカルト的人格構造を持ってしまっている。カルトの指導者たちの教義が、カルトの新メンバーの現実に対する「マスター地図」となる。(スティーブン・ハッサン『マインド・コントロールの恐怖』)
 「統一協会の信者のアイデンティティーというのは、どうかというと、生まれたときから統一協会の信者のアイデンティティーを持っているというわけでございませんで、大体10代の後半とか、20代の前半とか、そのぐらいの時期に、それまでは、いわゆる世間一般の考え方をしていたかもしれません。それが、統一協会のアイデンティティーを形成するようになって、例えば2年であるとか、3年であるとか、それぐらいの期間で構築されたアイデンティティーであると。」(青春を返せ札幌訴訟で統一協会員の幹部である魚住俊輔がおこなった証言)

(2)人格の変化

ア 統一原理で世界を解釈するようになるとどうなるか?
 統一原理では統一協会のみが神の側であり、その他の社会はすべてサタンの支配する世界である。神の側である統一協会は広大なサタンの世界に包囲されている情勢である。統一協会員にとって統一協会以外の「良い」人は「救い」の対象であって、共同する対象ではない。「悪い」人は「反対派」=「共産主義者」=「サタン」であり、命がけで闘う対象である。
 この考え方では今の社会で生きていくのに最も大切な、多様な価値観を容認しあいつつ、共同して生きていくという考え方が生まれる余地がない。社会で真理を知っているのは統一協会員のみなのであるから、彼らは強烈なエリート意識を持っている。したがって、一般社会の人々を心のなかでは見下すようになる。この点も彼らが社会に溶けこめない理由となっている。
 統一原理によれば、堕落人間である人類が生きていくべき道は自己犠牲の蕩減の道でなければならない。この考え方が生き方の基本を支配するのであるから、自己実現や会社のためということを生き方の基本にしている現代人と一致することができない。
 統一原理によれば自己本位の愛が人間の堕落の原因である。自分の選択による恋や愛や結婚はサタンを繁殖する行為である。もちろん、友達の結婚も祝えない。逆に、統一協会員にとって死ぬことは天国へいくことなのであり、祝うべきこととなる。実際に統一協会の「葬式」は結婚式のような装いで行われる。このような思想で頭の中が支配されており、その思想が社会や物事の判断の基準となっているのであるから、一般社会に溶け込むことは困難である。
 統一協会によれば、ソ連邦の崩壊までは統一協会の力が大きくならなければ第3次世界大戦が武力戦として必発するとされていた。いま、自己犠牲の道を歩んで、統一協会の力を強めることによって第3次世界大戦の悲惨を防ぐことができるということになっていた。そのことを信じていた統一協会員はこの道を行く以外ないと思い詰めていた。
 この道はまことのお父様がいままでボロボロになりながら1人で頑張り続けて切り開いてきた道なのである。全世界の兄弟姉妹も自分を捨てて頑張っている。この道を知ってしまった以上、私だけがこの道から脱落するわけにいかないと考えている。

イ 恐怖が統一協会員を支配している。
 統一協会の思想を知った上で統一協会をやめることは地獄に堕ちることであると教えられている。先祖の霊の期待を裏切ることになるので、知らない人よりも反って悪いことをしたことになるのだという。反対派というのは理不尽にも統一協会員の思想を変えさせることを目的にして活動している集団である。こんなに強固に信じているこの正しい思想を変えるために精神病院に入れたり、薬を用いたりという悪辣な方法を取る。そして、反対派の手に掛かった場合どんなに統一協会の思想に確信を持った人でも、耐えることができないのだと言われる。そうすると、反対派というのは私を地獄に堕とすために存在している集団ということになる。これは恐怖である。
 この反対派に対する恐怖を中核として、サタンや悪霊人の活動についての恐怖が統一協会員を支配しているのであるから、統一協会員は自分の力で組織を離れることはできない。

ウ 罪人であると信じこまされている。
 統一協会はその「教育過程」で、罪の意識をもたない普通の人に罪人であるとの意識を植えつけ、その意識を持続させる。
 多様な説得方法で植えつけられた罪の意識は、実践活動を開始するようになると、自分の活動が統一協会の要求する基準に照らして劣っているというところから生まれるように操作される。日常の活動が罪意識の源泉に変えられていく。物売りがうまくいっても得意になくことは許されない。それはすべて神のはからいなのである。「栄光在天」という。物売りがうまくいった場合などにはトイレ掃除をさせて罪意識を維持させる。罪人である限り、メシアを迎えて新生しなければならない。統一協会につながっているこの道以外ないのである。

エ 恩義と返報の関係が自己内部で循環している
 人間の行動には返報性の原理が大きな力を持っている。統一協会員は、段階的な操作を受けた後神に対して恩義を感ずるようにさせられている。原理の神は親たる神である。私達を創ってくれたのである。私達がよろこぶようにこのすばらしい大自然を創造された。この大自然を見ればいたる所に神の愛を感ずることが出来るだろう。ところが人間始祖のアダムとエバは堕落してしまった。人類は神のひとり子イエスを不信してしまった。神はこの6000年間悲しみに悶えてきたのである。その神の愛にこたえ悲しみをなぐさめるのが子である私達の使命なのである。統一協会員はこのように思っている。ところで原理の神は実感するものである。日々の苦しい活動で生まれる悲しみの感情が神の心情と重ね合わされていく。実感の対象、自分の観念の創造した対象に対して恩義を感ずるようになり、それへの返報として自己の人生を捧げるのであるから、この関係は統一協会員の内部で循環することになる。もう外からの恩義が必要なくなるのだ。

オ 一貫性のルールの力
 統一協会員は無一文にされて統一協会の組織に取りこまれる。その事実が統一協会員に、この選択を正しいものと強く思わせる。統一協会で活動するにつれて、たくさんの人にビデオ・センターを勧誘する。物を売る。全部正しいと信じていたから行ったことである。
 自分が勧誘した人が統一協会に自分の霊の子として参加しているということもある。これらの事実は統一協会員が組織を離れることを考えた場合には強烈な障害になるであろう。

カ 統一原理が間違いであるということを自覚する道がない。
 統一協会員が統一協会を離れるためには統一原理が誤りであることを自覚することがその前提となる。統一原理が正しいのであれば今の道を歩むのが正しいのである。ところで、人の思想が変わることはよくあることで、変わるきっかけとして一番想定しやすいのは、自分の思想が現実を分析する道具として適切ではないことを自覚することであろう。統一原理についてもそれは同じことである。
 ところが、統一協会員にとっては、統一協会にいるかぎり統一原理が間違いであるということを理解する道がない。その第1の理由は、統一協会員が統一協会員以外の人達との交流を遮断されているからである。統一協会の内部にいれば、統一協会の虚偽を暴く事実が報道されても、それが正しいかどうかの判断をしてくれるのは統一協会員である。どのような事実であれ、統一協会的説明は可能である。問題はその説明が正しいかどうかということである。社会的な比較の対象が統一協会員に限定されている社会に生きているので、統一協会員はその説明を正しいと認識する。統一原理の誤りを認識するようにならないのである。
 第2の理由は、統一協会の内部には情報がなかなか入ってこないという問題がある。新聞も読む機会がない。忙しくてテレビをみる機会もない。このような状況で毎日毎日切迫した課題に取り組んでいると、世界で何がおきているのか判らなくなってしまう。
 第3の理由は、統一協会員が自主的判断を禁止され、常にアベルに報告、連絡、相談して物事に対処するように教育され、アベルに侍って生きることが人間解放への道であると信じて生活した結果、自分の頭で考え、決定することができない人間になっているからである。
 第4の理由は不信すると摂理が失敗すると脅されていることである。その恐怖と思考停止の技術が統一協会員の思考を奪っている。
 以上のような次第で統一協会員が自力で組織を離れる道は極めて少ない。勿論、活動についていけなくて組織から離脱する人はたくさんいる。しかし、その人達は統一原理が正しいと考えつつ、自分を「裏切り者」と責めながら生活することになるので、自分の可能性を生きていくような社会復帰は困難なのである。

キ 統一協会は宗教とはいえない
 統一協会で会員がさせられることは詐欺的な物売りと組織の拡大である。統一協会の教育過程の目的はこの2つのことに全てを捧げる人間を作り出すことである。この2つのことは統一協会のすべての活動を支える基礎である。だから、統一協会での生活は肉体的に苦しみの連続であるばかりか、精神的にも苦痛がやむことがない。気分の落ち込みと高揚の繰り返しなのだが、次第に落ち込みが深くなる。日常の活動それ自体が罪と恐怖の源泉であるという構造の結果、罪の意識と恐怖が晴れることがないからである。それは日々過重されていく。罪は自分の行為に関してのみ生まれるものではない。連帯罪という罪があるから自分の所属している集団の失敗は自分の罪なのである。その集団は論理的には全人類という規模にまで広がりうる。
 そのような精神的苦悩と肉体的苦痛が増幅してついに活動の限界を超える時がくる。もう体が動かなくなるのである。摂理のために活動しなければならない今という時に体が動かないことはそれ自体が神に対する罪なのだ。
 そのような状態に陥った統一協会員は自分を責める。死んでしまいたいと思う。教義上自殺は禁止されている。死ぬこともできずに祈祷室で自分の肉体が消滅することをひたすら願望するのである。
 その危機の後、統一協会員は自己の弱さや統一協会の規範に反する行為をすることをさまざまに合理化するようになる。そうでなければ生きていけないことを体が学ぶからである。神もサタンも見ているのに、「ええ、いいや」と敢えてその禁を犯すのである。真面目に考えると恐ろしいことであるから真面目に考えるのを放棄する。そのような行為を積み重ねていくので幹部になればなるほど堕落していく。
 統一協会の組織は建前が支配するところである。本音で話し合うことはない。表向きは常に教義にしたがい、何の矛盾もないように生きている。したがって、自分の悩みを隠し外面を取り繕うことになる。さらなる堕落が追加されることになるのである。
 合理化する方法で規範を「乗り越える」ことができない真面目な人たちはノイローゼに陥るか、心身症になるであろう。
 だから、統一協会は人間の魂を救済する組織では到底なく一部の幹部の経済的利益や政治的野望のために人間を破壊するところなのである。

(3) 信仰の自由の侵害と原告らの被害との因果関係
 以上の教育の結果、対象者は統一原理の公式7年路程を真理と信じ込み、文鮮明を再臨のメシヤであると信じさせられる。信仰の自由が侵害されたのである。そして、その状態は統一原理という判断基準を人為的に違法に植え付けられた結果、その人本来の人格の行う自由な意思形成が阻害された状態なのである(青春を返せ札幌高裁判決 20頁)。人為的に植え付けられた統一原理という判断の枠組みがその人の人格本来の声を抑圧してしまうのである。例えば、老後の蓄えをすべて奪うような献金をさせるとき、統一協会員も煩悶を感ずる(その人の本来の人格が問題を感じているのである)のだが、その人の救いのためだという教義がその煩悶を抑圧してしまうのである。殺人を正当とする教義であるときには、内心の煩悶を押し殺して、殺人が正しいこととして犯されるのである。
 第1の1の(1)の原告らによる後記商品の各購入、販売活動はすべて、各原告の本来の人格が行う自由な意思形成が、統一原理を判断基準とさせられた人為的な人格によって、阻害された結果行われたものであり、その各行為と被告統一協会の違法行為との間には因果関係がある。
 また、それらの活動は全て統一協会の業務として計画されて推進され、アベル・カインの教えによって、上司に対して絶対的服従を強いられている各原告らに対して、各展示会の度ごとに対象者と目標を提出させ、それをアベルが確認し指示し、その遂行状況を逐一確認することによって行われてきたものである。そして、被告統一協会のその行為の目的は(1)の原告のみならず(2)の原告についても、経済的収奪と被害者の再生産という不当なものなのである。
 従って、(1)及び(2)の原告らの経済的被害と被告統一協会の不法行為との間には相当因果関係がある。

(4) 経済的収奪の方法
 以上の教育の結果、被告統一協会は主に以下の2つの方法により対象者及びその親族、友人らを経済的に収奪する。
ア 献金
 霊感商法は、そのあまりのあくどさに世論の批判を受け、被告統一協会はその活動を行うことができなくなったが、その後、被告統一協会は、人を勧誘し、教育してから献金させ、物品を販売する方法に切り替えた。しかし、内容、やり方は霊感商法と全く変わらない。協会員は、対象者に対し、手相を見て転換期であるとか、姓名判断をして因縁があるなどと述べ、因縁を解くためにはビデオを見ながら真理を学ぶ必要があると言って勧誘し、対象者に罪の意識を持たせ、罪の清算のためと称して、対象者にとってできるだけ多額の献金をさせる。信者となった後は、摂理による献金の連続である。例えば、合同結婚式に参加するための祝福・感謝献金がある。平成12年に行われた聖本の摂理は、文鮮明の説教集をなんと1冊3000万円で信者が買わなければならないというものである。北海道における目標は、聖本104冊であった。

イ 定着経済
 被告統一協会においては、霊感商法に代わって、着物、宝石、毛皮、絵画等の商品を株式会社ハッピーワールドが仕入れて、北海道の場合には株式会社北翔クレインに卸し、地区の被告統一協会組織と一体となって、展示会を開催して販売する形態がとられた。これは、定着経済とかブルー展と称されている。ブルー展と同じような取組みが、地区の統一協会組織主催で健康展として開催される。商品は、人参茶、サウナ、浄水器、化粧品等である。
 壮婦の場合、罪の清算のための献金を出させた前後ころから、定着経済の商品を購入させるため展示会に誘われる。本人が展示会への動員をさせられるようになるのは布教過程の最後である幹部トレーニングの後半からである。青年の場合は、実践トレーニングで展示会への動員をさせられる。
 定着経済の商品について霊的な力があると対象者に言って信じさせることができるのは信者だけであるのと、市中に競合商品が無数にある商品を扱っているため、顧客は協会員及びその親族、友人などに概ね限定されている。印鑑販売のように、戸別訪問して、手相・姓名判断で売るわけにもいかないので、右のような結果になっているのである。
 したがって、新しいメンバーが獲得されることは商品の販売のためにもきわめて重要なことなのである。新しい保険の外交員が自分の親族・友人の保険を獲得してくる関係と似ている。そして、対象者の親族や友人を経済的に収奪するにはこの方法しかない。献金をさせるわけにはいかないのだし、一般的な商品でなければ販売することは不可能である。
 呉服や宝石など定着経済の商品を被告統一協会が販売する教義上の必然性は全くない。

訴状(抜粋)以上

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