統一協会における人身保護請求事件の総括

弁護士  郷 路 征 記
弁護士  内 田 信 也

統一協会による人身保護請求事件の総括の掲載について

 随分古い事件なのですが、統一協会からの人身保護請求事件について、私たちが闘った経過、教訓、課題をまとめた文書です。
 この事件の後、統一協会は人身保護請求事件を起こさなくなりました。現在、統一協会は親などに民事の損害賠償請求事件を起こすようになっています。訴訟の性質は違いますが、問われている内容は同じです。参考になることがあればと思って、掲載することにいたしました。
 私の認識が現在もこの総括のままと言うことではありません。そのことを前提にして、参考にしていただければと思います。

     * T 事件の経過
     * U 統一協会の反撃を許したのは何故か
     * V 仮釈放をめぐる本人の誓約書
     * W 本人は10日に何故逃亡したのか
     * X 統一協会が本件にかけた意図
     * Y 闘いの成果
     * Z 本件の本質
     * [ 今後の課題
     * \ 感   想


T 事件の経過
1.山口県防府市のAさん(以下「父」という)は、昭和62年8月27日、当時京都大学の原理研究会の責任者であった息子B(以下「息子」又は「本人」という)を拘束し、「統一協会=原理運動=勝共連合の暗躍を憂慮する北海道の会」(以下「憂慮する会」という。会長C)の賃借する、札幌市豊平区内のアパート内で、親子3人の共同生活に入った。
 そのアパートの窓には鉄パイプによる格子がいれられ、玄関のドアは施錠され、鍵は父親が所持していたため、息子の外出は制約されていた。又、部屋に電話はないため、外部との連絡は不可能とされていた。

2.9月17日、原理研究会の幹部Dは札幌地裁に本人の解放を求める人身保護請求事件を提起した。(以下「本件」という。請求者の実質を評価して、統一協会による人身保護請求事件という)。代理人はE(東京弁護士会)1名であった。拘束者は父と憂慮する会会長C(以下「C」という)の2名とされ、拘束の主体はC、依頼者が父という位置付けであった。主張の要旨は「改宗を目的とする逮捕監禁を許すことはできない」ということである。

3.10月13日、準備調査期日がひらかれた。進行について、激しいやりとりがあった。統一協会側は、拘束の権限の有無と拘束の事実の有無のみを調べ、即時本人を釈放せよと主張。拘束者らは統一協会の実態について調べよ、そうでなければ「拘束」の根拠・権限が明らかにならないと主張し、それに必要な証人を調べるよう要求した。
 裁判所は、10月28日午後全部、11月16日午前11時から全日の期日を指定したうえ、拘束者が右期日までに請求する証人を調べるとの態度を示した。

4.統一協会側は弁護団体制を強化し、F、G、H(以上札幌)、I、J、K(以上東京)を選任した。

5.10月26日、拘束者は答弁書と証人8名の申請をした。

6.10月27日、裁判所において28日の期日の進行についての打合せ。はげしいやりとりとなる。統一協会側は、関係本人(本人、拘束者、請求者)の調べを先行させることと迅速審理を要求。当方は13日の打合せにもとづき、拘束者の用意した2人の証人の取調べを要求した。結局、拘束者本人である父と当方の予定した証人2人を調べることに決まった。

7.10月28日、第1回公開審問期日が開かれた。冒頭統一協会側より「拘束の権限」について求釈明。「緊急避難類似の状況で、親子の対語が妨害されている場合に認められる親の条理上の権限」と釈明した。次いで、統一協会より被拘束者の意見を求める申立。被拘束者は一刻も早い釈放を求める旨を述べた。それを受けて統一協会側は「仮釈放を求める上申書」を提出した。
 父親への反対尋問は「本人の犯罪行為の具体性、切迫性」と「逮捕」「監禁」の主体、具体的態様、Cとの「共謀」「共同実行関係」に焦点をあてていた。
 次いで当方申請の、母親が自殺した事例についての証言があったが、反対尋問はほとんどなし。時間ぎれで、残り1名の予定証人おこなえず。

8.その後、次回期日の進行についての打合せ。陳述書を充実させることで次回に本人3人、証人当方3人、統一協会側1名を調べることを決定。終結の方向であった。

9.10月30日付で本人の国選代理人であるL弁護士から「本人を午後1時から午後6時までの間拘束してはならない」旨の仮処分を求める上申審が裁判所あて提出された。アパートで共同生活はするが、右の時間帯は自由にしてほしい旨の上申である。本人の誓約書が添付されていた。その内容は「16日の第2回公開審問期日には必ず出頭する。外出の自由の許可をもらっても絶対に逃亡しない。原理研の人達にすすめられても逃亡しない。なお、外出中の電話をすることを認めてほしい」との内容であった。
 L代理人の上申書には要旨「本件は両当事者、支援団体から全国的に注目されており、本人も十分それを認識している。従って16日には必ず出頭するだろう」と記載されていた。

10.右の上申書を入手した11月2日、父は、「拘束」のレベルをダウンした。父は息子が裁判所をも欺くことはないと信じ、物理的拘束は一切撤去(鉄格子は10月27日に撤去していた)、外出も極力認める、但し、統一協会との連絡だけは禁止する、そのために外出時には両親のいずれかが同伴することにした。最後の禁止も「実力」で貫徹する体制はとらなかった。

11.11月4日、「仮釈放に対する拘束者の意見」と原理研究会の詐欺募金を暴露した第一準備書面提出。11月6日、説得活動としておこなわれていることが、統一協会の犯罪行為・実態を知らせることや聖書と原理講論(統一協会の教典)の相違を説明することで、信仰の自由・結社の自由を侵害するものではないことを明らかにした第二準備書面、親と子の関係にもとづく保護・監護の権利・義務と本件拘束の適法性を論じた第三準備書面を提出。
 11月9日、Cが拘束にはかかわっていないことを主張した第四準備書面提出。
 11月10日、本人の合理的、客観的判断能力が「障害」されていることについての第五準備書面提出。
 11月11日、本人の相対者(集団結婚による「妻」)が霊感商法のセールスマンであることを主張した第六準備書面を提出。

12. 11月9日、神戸から新しい説得者が来札。9日夜本人と会いあいさつ。10日午後から本人と話しあう予定を伝えた。

13. 11月10日午前10時、本人はジョギングに行くと1人で外出(前日もジョギングには1人でいっていた)、そのまま逃亡。

14. 11月12日、統一協会は請求を取り下げた。

 以上が本件の経過であるが、右の事実から明らかなことは次のとおりである。

@ 3で切り開かれた統一協会の実態調べの方向は、4、6、7により明らかな後退を強いられた。よほど特別なことがない限り16日の第2回公開審問期日によって本件が終結する方向であることは確実であった。2回の尋問によって統一協会の実態が十分に解明されるともいえなかった。その後1週間以内に判決である。我々は第1回尋問終了の時点で、判決の勝利を確信することはできていなかった。逆に、本人の「誓約書」は、彼の自信を表わしているものであった。

A 9記載の上申書によって仮釈放をめぐる争いが当面の焦点となった。そして本人がそのために裁判所に提出した誓約書が、10記載の拘束のレベルダウンに直結することによって、情勢全体を変える転換点となった。

B そして10記載の誓約書を転機とした「拘束」のレベルダウン、11に記載した我々の反撃、12の新しい説得者の来札、以上3つの事実が、本人の逃亡と請求の取り下げという結果を生み出したのである。

 以上のような経過を生み出した我々の方針と闘いについて以下述べることにする。



U 統一協会の反撃を許したのは何故か

1.父母が、統一協会に囚われた我が子を説得する際に、多くの場合必然的に伴う身柄の「拘束」について、それを人身保護法上正当とする理論の構築に我々は成功していなかった。

@ 受任以来答弁書の提出直前まで、我々は統一協会の実態の暴露によって勝利しうるのではないかと考え、霊感商法・詐欺募金・家庭破壊・人格破壊等をおこなう統一協会を反社会的集団と規定し、「洗脳」の実態や統一協会に入った青年達に発生する精神異常等についての弁論を準備して、そのような反社会的集団から子供をやめさせることは親の条理上の権限であるとの立場をとっていた。以上のような考え方にたっていたため、それまでの全国を巡っての調査では、霊感商法の実践者、統一協会に入ったことにより命を失った人の家族や精神異常になった人の家族の例、家族が悲嘆のあまり自殺した例等を探し求めていた。京都へも行って、京大の関係者に会ったり、京都の牧師さんにも会ったりしたが、本人の具体的犯罪行為をつかむことはできなかった。さらに一歩つっこんで京都の調査をとげなかったのは、われわれにその視点が欠けていたからであった。

A 答弁書作成の際に、東京のM先生から、刑法の緊急避難の法理による本件「拘束」の正当性の積極的主張をすべきこと、その際、加害者としての本人の側面と、統一協会に囚われノイローゼ状態になりつつある被害者としての本人の側面に着目すべきであること、洗脳や教義の問題に踏みこまないこと、及び我々の考えている答弁書の案に「本人の具体的犯罪行為」が明らかにされていないのは致命的弱点であるとの指摘をうけた。

B 右の指摘をうけて札幌での論議の結果「洗脳や教義」の問題には立ちいらず、緊急避難の構成でいくことになった。「洗脳」の問題は「立証」不十分となるのではないかとの懸念から、「教義」の問題は、信仰の自由に対する侵害との反撃がありうるとの配慮から、いずれも慎重に扱うべきとの意見が大勢であった。
 そして、被害者としての本人の側面については、執筆の途中で、「被害者」=「脱会して当然」との論理につながることになり、そうすれば「拘束」下の脱会の説得、結社の自由への侵害という統一協会の主張への根拠を与えるとの懸念から立ちいらないことにした。

C 以上の結果、答弁書の主張は「本人による犯罪行為・違法行為等の防止をするため、親が本人を説得しようとしても、本人が話し合いを拒否し、逃走し、自主的な判断をしなくなっている状況の下では、親子の対話をするために必要最小限の拘束は、親の条理上の権限として許される」という内容となった。

D 答弁書の法理論の最大の弱点は、緊急避難的構成をとりながら、本人の具体的犯罪行為(本人による、他人の生命・身体・自由・財産に対する現在の危難)を指摘し、追及することができていないことであった。M先生のいう致命的弱点が露呈したものであり、それ以前の我々の観点の甘さがきびしく反映したものであった。そのために答弁書は迫力を欠いたものとなったし、父親に対する統一協会側の反対尋問もその点をついて「成功」したのであった。本人の具体的犯罪行為は、本人が京都大学の原理研究会の責任者であったのであるから、その活動を洗えば容易に見い出すことができた(M先生の指摘)のだが、我々の視点の甘さのために、第1回審問期日まで間にあわなかったのである。

E 他方、緊急避難的構成をとった結果、「他人の生命・身体・自由・財産に対する現在の危難」とはいいがたい本人の反社会的行為、すなわち、本人による他人の親子関係、家族関係の破壊や第3者の人格の改変などの事情は、要件からはずれてしまうことになった。本人が統一協会に加入し、親を欺き、親子の関係を破壊していくことは、その両親にとって耐え難い苦しみなのであるが、それ以上に、本人の行為によって、自分の家庭と同じような家庭が作られていくことは、親にとってより一層の苦しみなのである。その苦しみは、親が子供に統一協会の反社会的活動をやめさせるために説得をおこなう最も大きな動機のひとつであり、親の苦しみに満ちた証言が全国に山ほどあるところなのだが、その部分が、直接の主張・立証の対象とならないことになってしまった。答弁書ではその事実も書いたのだが迫力を欠いたことは疑いない。

F 統一協会による「洗脳」や、入教後の情報管理・準軍事的組織形態により自主的判断を禁じ、呪いによる呪縛などによって、本人の合理的・客観的判断能力に障害が生まれていると言う事実や、それらを裏づける限りで教義について論述することなどは、いずれもしないことになった。理由はいろいろであるが、それらの問題には立ちいるべきではないとの意見が圧倒的多数であった。
 しかし、本人を「拘束」するのは、本人が親との対話を拒否し、統一協会の指示のままに行動するため、対話すら持てないからである。右の行為は本人の自発的意思との外観を作り出して、おこなわれている。従って、「拘束」された本人は「一刻も早い釈放」を要求する。成人に達した本人の明示の意思に反して「拘束」することを正当とするためには、本人の合理的・客観的判断能力が障害されているく精神障害まで至らない、思いこみ、強迫観念その他で)との主張と立証があると容易になることは疑いがない。その道への挑戦が要請されているのではないだろうか。

G 本人への「拘束」が緊急避難の法理によって、その違法性が阻却されたとしても、それは刑法上犯罪とはならないということであり、その「拘束」が人身保護法上もただちに正当なものとなるわけではない。そのためには拘束者が被拘束者を拘束する権限が認められなければならない。答弁書では、それを「親の条理上の権限」としたのである。しかし、どのような場合に、どうして親の条理上の権限が認められるのかという点については、その主張は薄弱であった、といわねばならない。
 子供の反社会的行為をやめさせるという親の社会的責任はその根拠の1つとなるが、親権とはやはり子のための権利である。子の「要保護的状態」の主張・立証がやはり必要といえるのではないか。その点からみてもFの主張・立証は欠かすことができないものではなかったかと思われる。

2.第2の原因は「拘束」の態様がハードにすぎ、それを正当な行為であると主張することは、我々の前記の立場からも出来なかった。本件「拘束」の態様は、6名の大人による本人の「逮捕」、父親による手錠、鉄パイプによる格子のはいった窓、内鍵のかけられた玄関というものである。
 本件「拘束」の本来の目的は犯罪行為をやめるよう本人を説得することである。説得のためには、本人の人格を可能な限り尊重することが必要である。本件の前記のような態様はその目的にも反するものであった。
 我々の考え方は、「拘束」は、逃亡を防止するために必要最小限のものでなければならないという点にある。本人の逃走を防ぐのは、本質的には親の深い、深い愛情を実感させること以外にないはずである。その観点から見れば、本件の「拘束」はもっともっとそのレベルをダウンできたはずである。日本各地の救援組織の実情からみても、突出しすぎていると思われる。
 本件の「拘束」は8月27日に開始された。第1回尋問期日までにすでに2ヶ月を経過している。人身の自由という憲法的価値の重大さを考える時、2ヶ月というのは短い期間ではない。その間の「説得」が成功しないほど本人が「確信者」であれば、今後、どのくらいの期間「拘束」が必要となるのかわからないと、一般的には思われる。いずれも憂慮する会の運動上の弱点が反映したものである。我々はこの闘いの中で、ともに闘いながら、会の運動上の弱点を克服してもらうという立場をとっていたのだが、第1回審問期日までには、それは十分に果たすことができないでいた。従って、我々は運動や父の行為の実態が我々の考え方からみても問題があるという状況で、統一協会との闘いに臨まなければならなかった。我々は、父や憂慮する会の弱点を、我々が是認し、擁護するという態度をとることはできず、しかし、一方、その弱点を敵の前で公然と指摘するということもできなかった。従って、我々の主張は迫力を欠くことにならざるを得なかった。

3.以上2つの弱点を形成した原因は、次のとおりである。
 第1に、北海道の弁護団で、早期に徹底した、勝つための理論を構築する論議がおこなわれなければならなかったのに、これが実践的にはなおざりにされていた。全国を巡って、この問題の本質を勉強したり、憂慮する会の活動の問題点を把握したり、証人を探したりの必死の活動がおこなわれた。それはたしかに貴重なものであり、後半における反撃の土台とはなったが、我々が、勝利しうる理論を構築したうえで、あるいは少なくとも、もっと的を絞って全国を調査に歩いていたら、統一協会の反撃をここまで許しはしなかったと思う。
 第二点は、本件のような微妙かつ複雑な全国にまたがる難事件を処理するには、北海道の体制は弱体にすぎたのである。この時期、この件の主任として行動していたのは我々2人であった。我々2人はそのすべての時間をこのために投入していたが、ことは全国にまたがっている。土日ごとの出張をくりかえし、帰れば証人との打合わせ、運動組織の結成その他の仕事があり、理論的な作業を詰める余裕がなかったのである。
 第3に、本件はきわめて困難な事件であった。統一協会の主張は「改宗を目的とした監禁を許すな」である。思想・信条。信教の自由、結社の自由・人身の自由という憲法上の旗印は、統一協会が握り、振っているのである。
 その主張に対して、父や憂慮する会の行動が、右の憲法上の価値を侵害するものではないという守りの主張を構築することも、これ又、難事業であった。人身の「拘束」はあるのだし、その場における説得の結果として、文鮮明をメシヤであるという考えを捨て、統一協会をやめるという例も多いのである。そうすると拘束下における信仰の放棄や脱会は、それだけ見ると信仰の自由や結社の自由に対する侵害と見られる。現実におこなわれているのは事実の学習であり、脱会はその結果にすぎなく、信仰の自由に対する侵害も結社の自由に対する侵害も全くないのだが、それらの事実を知り理論化するのも一仕事だったのである。それらの作業の対応におわれ、勝つための理論の構築まで手がまわりかねたのである。

 



V 仮釈放をめぐる争いと本人の誓約書

 前記2のとおり、本件「拘束」はハードにすぎ、我々は当初からその更正を父に求めてきた。しかし、「拘束」は父が、その責任において自分のすべてを賭けておこなっていることである。「拘束」のレベルをダウンして、「もし逃げたらどうするのか」と問われれば、我々は沈黙せざるを得なかった。我々は「拘束」にはかかわっておらず、その結果について一切責任を負える立場にないからである。Cも基本的には我々と同じ立場であった。
 鉄パイプの格子については第1回審問期日の前日に父がはずした。この点についてはCが一生懸命、父を説得してくれたのである。
 しかし、第1回審問期日を経験し、我々の闘いの全面的・抜本的強化を考える時、「拘束」の態様を最小限のものに変えてもらうことは、ぜひとも必要なことと思われた。統一協会が後記のように本件の判決を狙っている以上、本人が逃亡することは原則として考えられないのだし、逃亡を防止する最後のカは親の真の愛情である。真の愛情で子供を包みこめるよう親が変わることの方が課題なのである。統一協会の子供達は、親の目をふり切って逃走することは、なかなかできないのである。
 そのような状況で統一協会側からのみならず本人の国選代理人からも前記9記載の内容の仮の処分を求める上申がなされたのである。このことによって、仮釈放をめぐる争いが当面の焦点に浮上した。
 国選代理人の上申書に本人の「誓約書」が添付されていた。本人は「絶対逃げない」と裁判所に約束していた。そのことそのものは我々の予測していた通りである。我々が注目したのは、自由な外出の際に、電話をかけることの許可を求めていることであった。統一協会と電話連絡をすること以外に考えられない。本人の意思によると思われる国選代理人の上申の真の狙いはこの点にあった。
 判決を求める以上、本人が逃げないことは当然のことである。しかし、判決まで状況はどのように変化するかわからない。本人にはそのような状況に対応する自信がないのである。だから統一協会との連絡を求めているのである。
 本人が逃げないというのであるから「拘束」の必要はない。説得のために必要なことは統一協会との連絡を断つことだけである。国選代理人の上申書と本人の誓約書を入手した11月2日、直ちに父親と会い以上の事を話しあった。本人の「誓約書」が、説得のポイントとなって、父は事態を理解し、「拘束」の態様を10記載のレベルに落としたのである。
 実は、「拘束」のレベルを落とさなければならないということを親が理解すること、このことが一番大変なことであると考えていた。そして、この点が変らなければ我々が勝機をつかむことはなかなか困難であったろうと思う。本人の誓約書はこの問題を一挙にクリアーしてくれたのである。今考えればこれが、我々が守勢から攻勢に変わり、情勢全体を切り変える転換点となったのである。
 では何故、本人はこんな誓約書を提出したのだろうか。後記のとおり統一協会という「準軍事組織」では、上部に対する絶対の屈伏が要求される。「中心(組織の責任者や上級のこと。最終的には文鮮明)に侍る」というのが組織原則なのである。自主的判断は厳禁である。すべて「報告・連絡・相談」し、上部の指示に従わなければならない。自主的判断が厳禁とされており、その能力が奪われているのであるから、孤立したときには、状況に対応する力がない。統一協会との連絡を願う本人の「誓約書」は、その事実、即ち本人の不安の反映なのである。結局、構成員の自主的判断能力を奪う統一協会の組織原則の弱さ・反人間性が、闘いの重要局面で本人の「誓約書」となって「結実」し、そこを我々につかれたのである。
 「拘束しのレベルを落としたあと、「仮釈放についての拘束者の意見」書と本人の犯罪行為を力説した第1準備書面が11月4日に提出された。裁判所は本人が逃亡した10日まで仮釈放を命じなかった。
 本人は前記10記載の状態で11月2日から11月10日午前10時まで、両親との共同生活を続けていた。この間逃げようと思えばいつでもにげることができた。9日には1人でジョギングにもいっているのである(なお、本人を1人で行動させたのは親の判断であったが、それは11月2日に決定した親自身の方針からの逸脱でもあった)。その間、本人は逃げなかったのである。



W 本人は10日に何故逃亡したのか

 10月29日に絶対に逃げないと大見得をきった本人は、11月10日に逃亡してしまった。この変化を作り出したものが一体何であったのか、以下解明したい。

1.第1回公開審問期日の終了後、我々は次の基本方針をたてた。

イ.本人の具体的犯罪行為を調査・把握し、主張・立証する。

ロ.本人の合理的・客観的判断能力が障害されていることを調査・研究し、主張・立証する。

ハ.拘束のレベルを可能な限り落とすよう父を説得する。

ニ.全国のカを借りて本人を説得するよう父や憂慮する会に努力してもらう。

 右の方針は次のとおり実践されていった。
 イについては、@全国大学原理研究会の組織的・全国的・系統的・継続的で巨額に及ぶ詐欺募金の実態を掌握することができ、A京都大学における原理研究会会員の違法行為等について把握し、B被拘束者の相対者(集団結婚による「妻」)が霊感商法を実践している具体的証拠も握ることができた。
 ロについては、いろいろと手を打ったが調査・研究は具体的な成果としては実らなかった。第5準備書面で主張を展開し、さらに第七準備書面の用意をしていたところ本人が逃走したのであった。
 ハについては、前記3のとおりである。
 ニについては、新しい説得者が11月9日午後札幌に着き、親との打ち合わせの上、同日夜簡単な説得をおこない、11月10日午後から本格的な説得を開始することになっていた(なお、説得とは統一協会の犯罪行為・教祖文鮮明のスキャンダルを知らせることや、統一原理の教典である「原理講論」と聖書が全く異なるものであること、「原理講論」は聖書を引用してその正当性を基礎ずけようとしているのだが、その引用のしかたに問題があることなどの事実を共に勉強することであり、改宗の要求や「逆洗脳」などでは全くない)。
 以上のような状況の11月10日に本人は逃亡したのである。多分、10日1人でジョギングに行くといって外出した際、統一協会と連絡を取り、新しい説得者のことも話したのであろう。統一協会が全体の状況を判断して、逃走せよとの指示をしたものと思われる(本人が自分で判断することは考えられない。統一協会はそのような組織ではないのである)。
 裁判で勝訴することも、簡単な状況でなくなってきていた。本人の犯罪行為と「拘束」の程度との相関関係が問題となると思われるのだが、本人の犯罪行為についての立証が固まってきた一方、「拘束」の程度がレベルダウンし、はたして「拘束」といえるかいなか、という状況になっていた。そして、父以外のもう1人の拘束者として提訴されていた憂慮する会の会長であるCについては、「拘束」に一切がかわっていないことも主張・立証した(統一協会の第1の目的はC・憂慮する会に打撃を与えるということにあったと思われる)。新しい説得者の説得に本人が耐える自信もなかったのであろうか(この点が1番直接的な原因がと思われる。本人が変わってしまっては統一協会にとって元も子もない)。従って、統一協会は被拘束者を統一協会に獲得するという最小限の目的に甘んじ、政治的にはむしろまずい、逃亡という手段を取らざるをえなかったのである。
 なお、本人は現在、「私は厳しい監禁状態の中で、監禁を少しでも緩和しようと知恵の限りを尽して闘い抜き、その結果、Cらによる監禁が次第に緩和したため、自発的に監禁状態から離脱し、自由を勝ち得たものである。私自身、勇気ある行動であったと自負している」と述べている(郷路あての抗議文)。しかし、そうであれば10月2日から9日までの間何故逃げなかったのか、説明がつかないではないか。「拘束」の緩和は父の自主的な判断によるものであった。本人がおこなった抗議というのは1番当初に数日断食をしただけであり、「拘束」の緩和とは何の因果関係もない。もしかしたら「知恵の限りを尽した」というのが、裁判所あての誓約書なのであろうか。そうであるとすれば、本人は最初から裁判所や国選代理人をも欺くつもりで行為したウソつきということになる。そうでないとすれば、知恵の限りを尽した抗議活動などというのは何もない。この文章が本人の意思によって書かれたという証拠はなにもない。本人の名誉のために本人の意思によらないことを願いたいと思っている。



X 統一協会が本件にかけた意図

 本人が本件の「拘束」から解放されるケースは次の4つであった。

1.本人が親の説得を受け入れ、犯罪行為をしないと認めること。
2.本人が逃亡すること。
3.拘束者(親)が自主的に本人を解放すること。
4.統一協会が判決に勝利し、それにより本人が解放されること。

 統一協会の目的が4であったことは疑いの余地がない。最近全国的に活性化してきている救援活動(統一協会に囚われた息子・娘を救出しようとする親戚や牧師の活動)について、統一協会はなんとか打撃を与えたいと考えていた。この活動の本質と発展方向は後記のとおり統一協会にとって、死活的意味を含んでいるのである。世界日報でのこの問題の特集を全国的に配布したり、右の新聞で様々な記事として展開していることが、その事案を証明している。その目的のために、憂慮する会は格好の目標であった。憂慮する会から逃亡した協会員がかなりおり、その内容をよく把握できていたからである。そして、今回「拘束」されたのは、京都大学の原理研究会の責任者であった。原理研究会に入会して7年になる。その「宗教的」確信について、統一協会としては自信のもてる人間であった。絶好のチャンスと考えたことは疑いをいれない。ちなみに、人身保護請求事件では、統一協会は被拘束者が未成年の場合にのみ敗訴しており、成年の場合にはすべていままで勝訴していることも、その自信の根拠となっていたものと思う。
 傍聴者やマスコミの集まる法廷で、判決により本人が解放され、彼は意気揚々と統一協会に帰る。他方、父母や憂慮する会の関係者はがっくりと肩を落とすという状況を作り、統一協会の主張の「正しさ」と親・憂慮する会の「不当」性を鮮烈に世論と自己の組織内部にアピールすることが目的であったはずである。
 しかし、統一協会はその目的を達成することができなかった。本人を逃亡させることによって本件の解決を図る以外ないところまで、彼等は追い詰められてしまい、11月10日それを決行し、12日本件の請求を取り下げることによって、この件の決着をつけたのである。16日の第2回審問の遙か6日も前に、統一協会が本人を逃亡させたのは、彼等が明らかに追い詰められたのである。全国の様々なカを結集した我々の闘いが統一協会を追い詰めたのである(統一協会は本人が逃亡した2日後に、法律事務所で本人を中心とした記者会見を開催した。しかし、この記者会見は肝心の記者が1人も集まらなかったため失敗した。テレビが1社その場に行ったが、これは弁護士にインタビューを求めたところ、その時間を指定されたのだという。統一協会としては、この記者会見を、判決による本人の釈放という状況で設定したかったはずである)。



Y 闘いの成果

1.統一協会が本件にかけた目的を粉砕したことが成果の第1である。この事件で統一協会に勝利させなかった意義は大きい。人身保護請求事件で、このように真正面から争われ、本人の逃亡ということで幕をひいたのは統一協会にとって初めての経験であろう。彼等が今後、人身保護請求事件をし提訴することについて歯止めとなりうる成果である。我々が全国の様々なカを結集して闘えば、人身保護請求事件についてさえ彼等を勝利させないことができるということがはっきりしたのである。

2.全国の人達の熱い支援をえて、統一協会の脱会者が実名で登場し、生々しい自己の体験を語ってくれた。統一協会は後ろ暗い集団である。正々堂々と真正面から真実で迫られた場合、対処する方法がない。その意味で生き証人である脱会者が勇気を持って立ち上がったことは素晴らしいことなのである。しかし、我々の方針が当初一般的にすぎ、そのために統一協会の反撃を許したこともあって、統一協会の反人間性を明らかにすることは部分的にしか実現できなかった。

3.全国で個々に、異なる手法で展開している救援組織・個人の間を我々は走りまわり、それらの人達の熱い協力と支援を得ることができた。我々も我々の仕事を誠実に行うことを通じて、それらの組織・個人間の調整に展望を見ることができたか、といえる。

4.全国の救援組織・個人や親が迅速に立ち上がった。親は統一協会が裁判という公式の場で問題とされることを待ち望んでいる。そして、他方、裁判で負けたら大変だとも思っている。従って、我が事として支援してくれたのである。

5.被拘束者の両親が喜んでくれた。我々の闘いと全国の支援に励まされ、最後まで闘い抜くことができた。「本人が逃げたのは残念な結果ではあるが、北海道にきてよかった」と言ってくれている。統一協会を勝利させなかったことを喜び、この闘いを通じて、本人について正しい見方を確立しつつある。



Z 本件の本質

 本件を含めたこの問題の本質は反民主主義・反人間的集団である統一協会に「洗脳」の結果取り込まれ、その人格を破壊されただけではなく、その結果他人の人格をも破壊するようになり、ひいては、霊感商法や詐欺募金などの犯罪行為さえ地上天国実現のためには正当として認容し、反復累行するにいたるほどその人間性を破壊された子供の人間性を、親が回復・再生しようとしたことに対して、加害者である統一協会が、その親の努力を妨害し、引き続きその青年を自己の支配下におこうとして、提起したものであるという点にある。
 統一協会に囚われた子供を説得しようとする親と統一協会との間に発生する矛盾は、統一協会の説明する内容、即ち、「宗教を信じその信ずる道を行こうとする子供とそれに無理解な親との葛藤」という性質の問題なのではない。統一協会に入ることにより、ウソつきとなり、肉親の行為や愛情にさえ人間的対応ができなくなり、犯罪行為さえ正当と信じさせられ、実行するような人間にさせられてしまった我が子を、ごく普通のまともな人間にしたいという親の願いと、それを妨害する統一協会との争いなのである。右の点から本件をみると、親の側に100パーセントの正当性があり、統一協会には一点の正当性もない。
 他方、統一協会に囚われた青年は、「洗脳」による統一協会の教義に対する「確信」や呪による呪縛が強烈で、同一の「思細心・信条」を抱いた青年のみの集団生活や、長時間にわたる「労働」の馬車馬的生活の連続によって、物事を考えることが少なく、自力で統一協会の行動やその教えの間違いに気付くことができない。また、統一協会と本人の連絡を許しながらの説得では、「準軍事組織」(フレーザー委員会)の中での活動と教えによって、上からの指示に絶対服従するように本人が訓練されている結果、普通の対語が成立しない。そして、説得されそうになると、本人の呪い対する恐れ(脱会すれば、本人も脱会させた親もまっさかさまに地獄に落ちるとされている)や、統一協会の指令により、統一協会の組織の中に逃亡してしまって対語が破壊されるため、逃亡を防止して対話の機会を確保する最小限の対策が必要となる。その対策がいきすぎた場合には、人身の自由という極めて重大な憲法的価値を侵害することになりかねないという、緊張した関係が発生する事件なのである。



[ 今後の課題

1 以上のような本質を持つ本件について、我々が当面する課題は、対話の成立・維持のために多くの場合必然的に伴う身柄の拘束について、それが正当な行為であることを論証する法理論の構成を行うことである。本件の過程では、我々はこの課題に成功しなかった。以下に我々の現在の時点での考えを述べてみたい。全国の皆様の批判により、より正しい理論を構築したい。

@ 統一協会員による霊感商法や詐欺募金・詐欺物品販売は、他人の財産権を侵害する犯罪行為である。
 又、統一協会員が伝道と称してウソの名目で組織の拡大をすることは、親をすらサタンと信ずる子供を作り、親子関係や家庭を破壊する反社会的行為である。「洗脳」や入教後の教育を通じて本人の人格を、ウソを平気でつく、親や肉親の情愛すら理解することができず、犯罪行為すら正当視するようなものに作り変えることも、同じく許すことのできない反社会的行為である。

A 犯罪行為が現におこなわれ、又はおこなわれようとしている時、親はそれを制止することができるが、それ以外の時および反社会的行為をやめさせるために親のなしうることは本人を説得することである。

B ところが、右の説得をすることができない、犯罪行為等をやめるよう親が説得をすると、本人はそれを回避し、その場から統一協会の組織に逃亡する。それは、本人が呪により呪縛されているからであるし、統一協会がそのように指示しているからである。統一協会の指示は本人にとって絶対なのである。

C 説得の場においては統一協会の影響を遮断しなければならない。「準軍事組織」の中での活動で自主的判断を禁じられ、上の指示に絶対に従うように教育・訓練されている本人を、自主的に考えるように説得するためには、統一協会の影響から切り放さなければならないのである。

D 以上のとおり、B、Cのような事情があるため説得の場を作り、それを維持するために多くの場合最小限の「拘束」が必要なのである。

E Bのような行為を本人が取るのは、統一協会による「洗脳」・集団生活・中心者に従属し屈伏する生活・自主的判断の禁止・呪の呪縛・脅迫観念等によって、本人の合理的・客観的判断能力が障害されているからである。

F 従って親は、社会に対する責任という点からも、子供の看護という視点からも、本件のような場合、子供の判断能力の回復を助け、本人が自主的に考えることを援助してやり、子供を犯罪行為や反社会的行為から救い出してやる義務と責任がある。これは親として当然に認められる条理上の権限というべきもので、その権限にもとずき親は対話の成立と維持のために最小限の範囲で子供の自由を制約することができる。
 従って、親の行為は刑法35条の正当行為として違法性を阻却されるだけでなく、人身保護法上も正当な行為とされるのである(なお、東京のM先生からは、緊急避難と社会的正当性の2本の柱で立論が可能でないか。分り易い理論でなければいくさにならないとの指摘を受けている)。

2 なお、右の論理を誰もが納得できるものとするためにも、精神科医・心理学者等により、統一協会の青年達が、合理的・客観的判断能力を障害されている事実を科学的に解明することが肝要である。

3 憂慮する会の今後の課題はその任ではないので語ることはできないが、統一協会員を人間として再生させるという課題の本質的正当性に確信を持ちつつも、人身の自由という憲法上の価値につながる問題を持つことに、より繊細な配慮をした運動となることが求められていると思う。



\ 感  想

 この問題には日本の矛盾が一点に集中していると私は思った。家庭問題、教育問題、社会問題、政治問題が凝縮しているのである。

 統一協会の「洗脳」により統一原理を真理と信じこむ青年の家庭は、不在がちでその役割を果たしていない父、過保護で過干渉の母が特色である。その両親の下で、反抗期さえも経験することのできなかった自我の未確立あるいは自我の軟弱な青年が、自己の全能力はいうまでもなく、親のカも借りながらあこがれの大学に入学する。ところが、大学の教養部というところはまるで期待した「真理と学問」を与えてくれない。それに幻滅をしていたところ、ウソによって誘われたビデオ・センター、修練会、ホームはとっても「温かく人間的」で、これこそ理想の人間関係と「誤解」させられる。そして、膨大な統一原理の「体系」は、受験体制の下で細切れの知識しか得ることができなかった青年にとっては、初めての包括的真理と「誤解」させられるのである。

 統一原理では、人間の原罪を淫行の罪と教える。自分の性欲に「直面」し、それへの「正しい対応」にとまどっている生真面目でうぶな青年にっては、社会は正しく人間の淫行の罪を体現したものと映ってしまう。密室の修練会で講師から責められて自分を罪人と自覚させられた青年は、その罪からの脱出のために文鮮明を再臨のメシヤとして受け入れ、自己と家族と凡ての人々を救うために自己犠牲の道に進むのである。
 そして、この反人間的集団を、反共の一点で支持・支援する政治家、学者がいるのであり、それが、彼等をさらに誤解させるわけである。

 したがって、彼等は犠牲者である。統一協会は加害者であり、その行為に一点の正当性もない。子供の人間性の回復を求める親の願いは強烈で正当なものであり、人間性を回復・再生した子供達は素晴らしいのである。親が変わり、親の真の愛情が子供に伝われば、基本的に子供は統一協会をやめることになる。それは家庭を人間的なものに作り変え、子供を人間に再生する営みなのである。また、「洗脳」によって、若者をその組織に取込み、霊感商法や詐欺募金、伝導と称する組織拡大活動、勝共活動に日夜没頭させている統一協会にとっては、人間性の再生・回復を目的とする親の説得、その結果としての本人の「組織からの脱落」が決定的弱点である。その構成員を「地上天国」実現のための献身者に仕立てあげ、外部にたいして無敵を誇るかにみえる統一協会の最大の弱点がここにある。この点はまさしく統一協会の「アキレス腱」なのである。いまはまだ小数であるが、右のような過程で脱会者が増大していった場合、必ず量から質への転換がおこり、統一協会の反社会性は内部告発者によって白日のもとに曝されることになる。そうなっては組織の存亡にかかわることになる。従って、右の点での親の行為に統一協会は徹底的に敵対する以外にないのである。こんな素晴らしい、しかし、現状ではこんなに苦しい闘いがあることを私は知らなかった。

 そんなことでこの闘いに夢中になってしまった。ものすごく難しい闘いで全力を投入しなければならないからでもあったが、この40日間他の仕事を全部キャンセル・延期してこの仕事に没頭した。

 我が事務所の人達を始め全国の皆様の支援を得た。特に私の尊敬する東京のM先生の援助、京都の先生の調査がなければ、この闘いはここまで到達できなかったと思う。心から感謝したい。

 全国の皆様がこの問題に、より一層の関心を持たれることを切望する。


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