信仰の自由侵害第2次訴訟・損害論

1 損害総論
(1) 慰謝料について
 ア 人格が変えられた。
 (ア) 人格の中核の侵害・知的側面

 人の人格の中核である思想信条の自由が侵害された。それまでの人生を通じて形成されたその人本来の判断基準とは別に、人為的に、急速に「統一協会」的判断基準を植え付けられた。
 その判断基準は体系的であり全面的であり、人がどう生きるべきかという根本的な命題から、日常の事柄への対処まで、生きるということの全領域を含む。
 特徴的には、それは文鮮明をメシヤ=救世主=絶対的な権威と信じ、その指示には、たとえそれが現実社会の法律に違反しているものであっても従い、実行しなければならないとするものであり、公式7年路程を実践しなければならないとするものである。
 そのような判断基準がその人の内部で支配的となり、圧倒的となり、それがその人本来の判断基準を否定し、抑圧し、それに従って行動することを妨害している状態が形成される。
 したがって、「統一協会」的判断基準が彼の内部を支配している間は、彼は本来の自己として生きることができず、統一協会の「ロボット」として生きるようになるのである。

 (イ) 人格の中核の侵害・感情的側面
 統一協会員は常に恐怖心に支配されている。恐怖心の中核は反対派や霊界やサタンに対するものである。統一協会における「教育」を通じて、統一協会員は霊界やサタンの存在を認めるようになり、その働きを実感するように誘導されていく。霊界やサタンの存在について「確信」が形成されてしまった場合には、本当に厄介なことに、それが科学的論理的あるいは経験的な説明や証明のらち外にある事柄であるために、その「確信」から逃れる道がない。
 そして、統一協会員は霊界やサタンの存在をリアルに感じてしまう。そのようになるように教育され、誘導されているのである。これも人間の特性の1つであるが、人間はバーチャルなものや自分の観念が作り上げたものを、現実にあるものよりもリアルに感ずることができるのである。
 したがって、その恐怖心はきわめて強烈なものとなる。その恐怖心を乗り越えて行動することは、不可能である。

 (ウ) 自主的判断の禁止
 アベルカインの教えによって、自分で考え、判断することが禁じられている。自分の内面から湧き出てくる思い(それは、本来の自己からの抗議あるいは疑問の声であることが多いのだが・・)は、サタンの思いとして押し殺すように、排斥するように、無視するように教育されている。カインたる自己は、アベルを通じてしか神につながることができない、アベルに対して絶対的に服従するように教えられ、指示され、強制されている。カインがアベルに屈服しなかったために、アダム家庭における摂理は失敗したと教えられている。重要な、人類史上の教訓なのである。それに反することはできない。したがって、自分では考えない人間になっていく。
 自主的判断のために必要な情報に接する機会も、制限されている。毎日忙しく、課題に追いまくられていて、なおかつ、集団生活なのであるから、テレビすら見る余裕がない。
 以上のことを中心に他の要因も相互に作用して、「統一協会」的人格の支配が、継続するのである。

 イ すべての社会的絆を切断された。
 会社の同僚や友人との絆がまず切断される。ラルフトレーニングからは連日夜の講義が行われ、土日も行事が詰まっている。宴席への参加を禁止する。実践トレーニングからは、同僚や友人を展示会に誘わせる。それらのことによって、同僚や友人との絆が切れてしまうことが多い。
 遅くとも、新生トレーニングでは恋人とも別れさせる。
 献身は、統一協会の物売りの業務が拡大している限り、統一協会の勧誘の目的であった対象者の労働力の収奪のためにも必要な手段である。「教義」によって献身を意義づけ、メシアの現存している今、自己犠牲の道こそが自らと家族と世界の救済のために必要なことであり、今まで通りに生きるのならば地獄行きしかないと信じこませ、新生トレーニング、実践トレーニングで睡眠時間をはく奪して、普通の社会で生活することを苦痛にさせて、献身に追い込む。
 なお、統一協会の経済活動が社会的批判によって落ち込んで労働力が必要とされなくなった時には、「還故郷」=氏族復帰と称して、「レイオフ」する。使い捨てなのである。
 統一協会は親をも救わなければならないという使命感を持たされているから、親に対する働きかけをしたいと考えている。しかし、することが許されるのは、当初、親の救いのためと定義を変えられた物売りである。だから、親子の絆は、本人の意に反して切断される方向に働く。献身の際に親に対して統一協会員であることを証させ、そのことによって親との断絶を作り上げることもする。
 そして最悪のケースでは、親は反対派とつながったと称して、親には所在さえ知らせず、組織の中でも偽名を使わせ、連絡さえほとんどさせないという方法で、その絆を切断するのである。親の側から、子供の救出のために行動しない限り、その絆が回復されることはない。

ウ 犯罪行為に荷担させられた。
 (ア) 違法な行為への荷担

 違法な経済活動に従事させられ、救いのためだと信じさせられて、親・親戚・友人・その他の人達の財産権を侵害する行為をさせられた。
 違法な伝道活動に従事させられ、救いのためであると信じさせられて、多数の人達の思想信条の自由を侵害する行為をさせられた。
 そのことによって、統一協会員は、被害者でもあり、加害者でもあるという立場に立たされることになってしまったのである。
(イ) 嘘をつくことが苦しめている。
 違法な活動なのであるから嘘をつくことが必然となる。嘘などついたこともない人たちが天のために嘘をつくことは正しいことであると教えられ、嘘をつくようになる。次第になれてくるが、それでも本来の自己は嘘をつくことをやはり嫌がる。したがって、そのことは本来の自己を傷つけ、苦しめている。

エ 心身共に過酷な作業で、健康を損なう。
 (ア) 過酷な作業

 統一協会内の伝道と経済の業務は通常達成することができない目標をもつことが強制され、その達成のために死にものぐるいの努力をすることが要求される。その過酷さは心身を蝕んだ。
 もっとも過酷な活動がマイクロである。献身直後のこの活動は統一協会にとって、統一協会員の信念を強化するという意味合いがあるのだが、その後のマイクロは統一協会の重要な経済活動である。ほとんど無給で労働力を搾取し、生活費も極端に切りつめさせたうえで、過酷な長時間労働を押しつけているから、多額の収益が上がっている。
 マイクロは危険な活動でもある。ドライバーは睡眠不足の中過酷な条件で運転する。マイクロでの事故或いは事故の可能性は高い。目張りされた車内にいる統一協会員は事故への対処は全くできない状態である。
 健康を害したとしても健康保険さえ加入させられておらず何の保証もない。治療方針さえアベルの指示によらなければならない。アベルは摂理を優先する。だから、治療さえ受けられないことが多いのである。マナを飲んだり祈るようにいわれるだけなのである。
 その結果が現在にまで影響を及ぼしている場合さえもある。

 (イ) 統一協会の「仕事」には収奪があるのみ
 一般社会では仕事を通じて能力を磨き、自己を鍛錬し、成長させたりすることができる。人間関係を構築したり、キャリアを形成したりすることができるのだが、統一協会での仕事はすべてその逆の役割を果たしている。後に役に立つことは何もない。役に立たないだけではなく、社会復帰に大きな困難を伴う。単に無駄ではなく、マイナスなのである。

 (ウ) 脱落者へは過酷なところ
 脱落者(課題に積極的になれない人)には、過酷なところである。課題は達成することができることとして神が予定していることである。達成することができないのは、本人のせいなのである。統一協会の内部にあるのは、厳しい「実績」の追求だけである。だから、脱落者は厳しい批判・叱責の対象となる。批判・叱責によっても立ち直らないような場合無視されたり、マイクロに追いやられたりする。
 内部の人に恋愛感情を抱いた場合隔離され、監視される。

 オ 結婚の自由が侵害された。
 原罪を脱ぐことができる唯一の道として、祝福=合同結婚式に参加させられた。祝福献金、祝福感謝献金と称して多額の金を取られた上で、見知らぬ人と「結婚」させられた。その組み合わせのことをマッチングという。文鮮明が両者の先祖まで見通して組み合わせを決めるのだとされている。その組み合わせは理想相対とされている。拒否する自由は全くない。
 しかし、その組み合わせは全くデタラメである。特に、男性が韓国人で女性が日本人の場合は問題が多い。韓国人の男性の中には統一原理を信じていない人がたくさんいる。日本人の女性と結婚できるからと、統一協会員となっている人もいる。言葉も通じない関係で、文化も習慣も男女関係についての倫理基準も全く違うところに、「信仰心」だけで飛び込むことを日本人の女性信者は強要されるのだが、その「信仰心」の一致すらないのである。
 韓国人の夫の暴力や暴言によって極限まで追いつめられて、日本に逃げ帰り、親に救いを求め、そこからカウンセリングを受けて統一協会を脱会することができたという人もいる。
 日本人同士のマッチングで「信仰心」は同じだとしても、家庭を出発させ、子供が生まれたとしても、人間としての絆は培われていかないことが多い。結婚、入籍、同居、出産も統一協会のためであり、ふたりの愛と選択によるものではないからである。絆を形成するような時間も与えられない。経済的余裕も奪われている。
カ 子供の存在
 そのような「結婚」の中で生まれた子供達がいる。産児制限は教義上許されていない。その子供達は「無原罪」の子供とされている。霊的には原罪を持った親よりも生まれながらにしてレベルの高い存在であるとされている。そこから、奇妙な甘やかしが生まれる。ところが、日常の生活では、夫婦ともに摂理に追いまくられる。特に海外宣教などと称して、海外での長期間の活動が婦人に強制されたため、子供は親元などに預けられた。ネグレクト(虐待)である。
 統一原理が真理ではないと知った後、合同結婚式による夫婦の多くは離婚を選択する。そのような状況で、親権者たる親はどのように子供に対応していけばよいのか、子供はどのような悩みを抱くようになるのか、本当に困難な問題である。

キ 社会復帰の困難性
 (ア) 辞めることが困難

 統一協会員が自己の行為の是非について自己検討をする機会がないと上記のような違法な行為が継続されていく。自己検討する気になり、資料を得て自分の頭で考えることさえすれば、自分の行為が間違いであることはわかりうる。その前に統一原理が誤りであることが分からなければならない。
 統一原理が誤りであることを分かるためには、原理講論が引用している聖書の聖句を直接聖書に当たって検討してみることが有効のようである。
 統一協会の活動の中で実感した神の存在や霊界についても、心理学的な説明で解明することができるだろう。自分がなぜこのようなことを信じてしまったのかということについては、社会心理学的な説明で解明することができよう。
 問題は、そのような自己検討の機会が、統一協会の支配の下にある限り、一切なくされているということである。検討しようとすること自体が「不信」であるとされ、最悪の行為とされる。自己内面で疑問を感じたとしても、それ自体が自分の内面にあるサタンの作用であるから、押さえ込むことが要求される。
 「保護・説得」という親の行為は、統一協会員に自己検討の機会を与えるためのものである。そのような手段が必要なほど、統一協会員の自由な意思形成は、たとえば、サタンの讒訴、地獄に堕ちることに対する恐怖、反対派に対する恐怖等によって、阻害されているのである。
 しかし、この手段は言うは易し、おこなうことは困難な道である。親がその気持ちになり、勉強をして統一協会員となった我が子の気持ちを理解し、自分を変革し、犠牲をいとわず取り組まなければならない。壮婦の場合は、救出はよりいっそう困難が伴う。
 だから、統一協会をやめること(救出されること)そのものが、まことに困難なことなのである。
 「保護・説得」を経過して適切なカウンセリングを受けないで脱会した場合(自然脱会という)、統一協会を辞めたこと自体の罪責感(氏族のメシアとしての使命を放棄したわけで、地獄に堕ちる、霊界に行ったら非難されると脅されている)に長期間責めさいなまれ、自分の人生を生きることが困難である。

(イ) 心理的苦悩
 a 脱会後の夢

 脱会後、悪夢にうなされ続ける人が多い。殺されそうになる夢、追いつめられる夢などである。統一協会での「生活」が深い心理的傷となっていることをうかがわせる。
 b 罪責感
 深い自責の念にとらわれる。被害者であるが、救いのためと信じておこなわされたことにより客観的には加害者であるからである。
 取り返しのつかないことをしてしまったというもの凄い罪責感で胸がつぶれそうになる。
 c 罪責感・不安恐怖
 きちんとしたカウンセリングを受けることができない場合、脱会したこと自体が罪責感を引き起こす。不安、恐怖感に縛り付けられている状態となる。チャイムが鳴ってもドアを開けることすらできない。
 d 情けない
 統一協会のために人生をかけ、仕事も、お金も、労力もすべて捧げてきたのに、こんなでたらめな教理に騙されていたのかと思うと、情けなく、涙が出て止まらない。自分が生きてきたこの人生はいったい何だったのか?騙され続けてきただけだったのか?という思いが溢れでてきて、本当に情けない。
 今後も、誰かに騙されるのではないかという不安で、どう生きていけばいいのか分からない思いになる。
 e 虚脱感
 自分には何も残されていないことに対する虚脱感やむなしさ。やる気が起きず、無気力な状態が続く。気持ちが前向きになり社会復帰に年単位の時間がかかる場合が多い。何を目標に生きていったらいいのか分からない、焦るだけの毎日が本人を苦しめる。
 f 自殺願望
 自分なんか生きていてもしょうがないのではないかという思いから、自殺願望が生まれ、抗うつ剤を服用する場合さえある。
 g フラッシュバック
 何かの機会に統一協会での生活を思い出すと、心の中に恐怖感がわき上がってくる。足が震え、眩暈がする。事故で死ぬのではないだろうか?親戚がガンになったのは自分のせいなのではないだろうか?と考えるのである。
 「家庭を持ってからの日々は思い出すのもおぞましい日々である。精神的にも肉体的にも極限まで追いつめられた。信仰故に耐えてきたが、その信じていた教えがでたらめであったことは、表現しがたい苦痛であった。当時の感覚が甦り、パニックに陥るのである。」という人もいる。
 フラッシュバックに耐えられず、未だ、統一協会の中のことを、思い出すこともできない人がいる。

(ウ) 社会生活の中断による影響
 a 思考の癖が抜けない

 言葉遣い、祈り、み言葉、挨拶など統一協会の中で習慣になったことが、普通の生活に戻っても抜けない。
 統一協会の考え方の癖が抜けず、外に出るのも人と話すのも困難である。仕事をするようになっても、年相応の経験が求められているのに何も分からず、統一協会加入後の流行や事件も知らないので、話しに入っていくことができない。必要な社会経験を踏むことができなかったので、常識も知らず、人との関わり方も分からず、とまどうことばかりとなる。

 (エ) 戸籍の問題
 合同結婚式による「婚約」の後、「対策」のためや「長期ビザ取得」のために入籍させられる。脱会後、婚姻無効の判決によって婚姻の戸籍上の記載は抹消されたが、残ってはいる。婚姻無効ではなく離婚の道を選択した場合には、夫婦関係の実態がなくても、戸籍上は「バツイチ」となっている。

ク 収入の格差・年金の差
 社会復帰したとしても、履歴上の「空白」があり、就職時期を逸しているので、適切な就職口を得ることは困難である。その結果、収入や年金で統一協会に入らなかった場合と、大きな差をつけられることになる。

ケ 徹底的な経済的収奪
 被告統一協会による経済的収奪は節度、限度というものがない。その貪欲さは人間の行為を超えている。対象者、信者の全財産を収奪する。全財産を収奪しても終わらない。親、親戚、縁者から借金して献金させる。場合によっては、妻が夫の財産を勝手に献金してしまうこともある。それでも「摂理」は終わらない。クレジット会社や消費者金融会社から借金させて献金させる。壮婦で1000万円もの借金を抱えている人もいる。

コ 被告統一協会に斟酌すべき事情は全くない。
 被告統一協会は金銭的収奪、その労働力の収奪のためだけに、日本の若者、壮婦を信者として獲得している。不当な経済的利益を獲得するために、精神的自由を巧妙に、しかし徹底的に侵害し続けているのである。そして、それが不法行為であると最高裁判所で確定しても、自らの責任を認めようとしない。
 自らの意図を美しい言葉で隠しながら、長年にわたりこれだけの悪を積み重ね、どれだけ裁判で敗訴しようとも、自らの行為であることを否定し抜き、一切反省を拒否して居直り続けている集団も珍しい。この組織の本質的で徹底的な悪性を示すものとして注目すべきである。
 その悪性は慰謝料額の決定に際して、重要な要素として考慮されるべきである。

(2) 献身損害について
 被告統一協会は青年である統一協会員を献身させる。それは統一協会が統一協会への勧誘の目的とした対象者の労働力を全面的に収奪するために必須の手段である。
 そのために、既述のとおり、教義上の意義づけを与え、厳しく献身を迫る。睡眠不足に陥る激しい活動をさせ、普通の生活との間に矛盾を起こさせ、献身せざるを得ないように仕向ける。
 したがって、原告らの献身と被告統一協会の不法行為との間には相当因果関係がある。献身の結果、原告らは献身しなければ当然に獲得することができた賃金を失った。
 献身損害の基礎収入は、献身期間各年の賃金センサス企業規模別計、学歴計、年齢別、男女別の平均賃金によった。生活費控除は統一協会での生活水準を考え、男子については25パーセント、女子については15パーセントとした。
 月未満の端数は切り捨てた。

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