一審判決 240P11行目冒頭〜242頁20行目末尾


1 統一協会の信仰は「人類は,始祖であるアダムとエバが犯した『原罪』を生まれながらに受け継いでおり,すべての人間は堕落しサタンの血統を受け継いでいること,人類は,『原罪』以外にも,先祖が犯した罪(因縁あるいは遺伝罪)を生まれながらに引き継いでいること,現代の物質文明社会はサタンが支配していること,神は,堕落した人間を罪のない立場に戻らせ,神が支配する地上天国を形成するため,救世主(メシア)としてイエス・キリストを地上に出現させたが,彼がその使命を果たすことに失敗したため,神は,再度,救世主として文鮮明を現代社会に出現させたこと,文鮮明には生まれつき『原罪』がなく,人類は,文鮮明とつながることによってのみ,罪を清算することができること」を教えの根本としている。イエス・キリストの死と復活による救済を否定している点でキリスト教と決定的に異なっており,原罪以外に因縁や遺伝罪を説く点でもキリスト教と大きな違いがあるが,統一協会の信仰も,旧約聖書の神(ヤハウェ)を唯一神とする一神教である。
2 一神教の信仰は,神秘に帰依すること,すなわち,神秘なるもの(神が授けたとされる教えなど)を絶対に信じこれに自分を任せきることを意味する。このような信仰は,科学主義(合理主義)の対極に位置する神秘主義に属しており,人は,言葉による論理的な説明を理解して信仰を得る(神秘に帰依する)のではない。
神秘に帰依するとの選択は情緒を大きく動かされて初めて可能であり,そうであるが故に,一旦,人が信仰を得た場合,その信仰がその人の心や行動を支配する力は絶大である。信仰は,人を教義や宗教的権威に隷属させる力を持っているのである。
3 信仰を得ること,すなわち神秘に帰依するとの選択が上記のようなものである以上,教義や宗教的権威の言葉が間違っていることを言葉により論理的に証明してみせても,人の信仰を揺るがすことはできないのであって,一旦,ある者が信仰を得て信者となった場合,神が授けた教えに服従しようとする思考や生活態度は,極めて強固なものとなる。ましてや,現に生存し言葉を発する文鮮明を救世主とする統一協会の信仰にあっては,文鮮明の発する言葉に対する絶対的服従が習慣化することは必然である。
4 憲法20条による信教の自由の保障は,宗教活動の自由の保障をも含むものと解されているから,わが国においては,他人に一神教の信仰を得させようとする伝道活動も原則として自由である。すなわち,神秘に帰依し教義に隷属することを勧誘しても構わないのである。
しかし,わが国は,政教分離を前提とした近代的な法治国家であるから,ある行為が適法か違法かという法的判断は,法律によって決せられるし,法律の解釈適用は社会一般の(いわば世俗の)倫理観・価値観を通じて行われる。宗教活動に対する適法・違法の法的判断でも変わりはない。
例えば,宗教的実践として苦痛を加える修行をさせる場合,その態様や結果が過酷で,社会一般の倫理観・価値観に照らして(すなわち宗教的観点からではなく客観的にみて)可罰的と評価される場合,刑事法による訴追を免れない。また,可罰的とまでは評価されないとしても,ある宗教活動が,社会一般の倫理観・価値観に照らして(すなわち宗教的観点からではなく客観的にみて),社会として許容できる限度を著しく逸脱すると評価される場合(社会的相当性の範囲を著しく逸脱する場合),その宗教活動は民事上違法な行為として不法行為を構成するのである。宗教活動は,他人の生命・身体・財産と関わり合いを持つ部分では,何をしても構わないという特権的な地位が保障されているわけではないのである(241〜242P)。
5 憲法の基本的人権に関する条文は,わが国における社会一般の倫理観・価値観を,国家と個人との間の抽象的な規範として宣言するものである。憲法の理念は,憲法より下位の法律の解釈原理としても通用することが広く承認されており,例えば,すべての個人の自由や幸福追求に対する権利は尊重され(憲法13条),何人も故なき奴隷的拘束を受けないこと(憲法18条)などは,様々な法律解釈の根本理念となっている。
6 一神教の信仰を得る,すなわち,神秘に帰依し教義に隷属するとの選択は,(親が幼い子に家庭内で宗教教育を施す場合はともかくとして)あくまで,個人の自由な意思決定によらなければならない。個人の自由な意思決定を歪める形で行われた,信仰を得させようとする伝道活動や信仰を維持させようとする教化活動は,正当な理由なしに人に隷属を強いる行為であり,社会一般の倫理観・価値観からみれば許されないことである。そのような伝道・教化活動は,社会的相当性の範囲を著しく逸脱するものとして違法とされなければならない(242P)。
7 そこで,以下,統一協会の信者による原告らに対する伝道・教化活動が,どのような特徴を持つかを検討し,これが違法なものかどうかについて検討する。


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